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ほねがらみ

2021.04.24 公開 ツイート

「語 佐野道治」の章より その1

『実話系怪談コンテスト』に届く原稿を読む羽目になった男のもとに、どんなメールが転送されてきたか―― 芦花公園

震える怖さで、ネットでバズった小説ほねがらみは、恐怖の実話を集めている主人公による、ルポ系ホラー。

第1章に続き、第2章を公開する。

この章は、前回の最後にあったように、「私が数年前に読んだ先輩医師の症例研究資料を、創作に落とし込んだものである。」

お楽しみください。

*  *  *

語 佐野道治

8月13日

「道治は業界のこと知らないだろうけど……読者賞っていうのがあるんだよね」

雅臣はクリームソーダをぐるぐるとかき混ぜながら言った。

雅臣は僕の大学時代の同級生で、今は小さな出版社に勤めている。おもにオカルト関連の書籍を取り扱っているらしい。

成績も良くて親分肌で人気者だったが、何故かオカルトが大好きだった雅臣。そんな彼の就職先としてこれ以上合ったところはないように思えた。

久しぶりに会わないかと言われ二つ返事で赴いたのだが、彼は僕と話したいというより、何か頼みごとがあるようだった。

「ウチさあ、毎年『実話系怪談コンテスト』っていうのやってて。結構怖いのやら面白いのやら集まってきて楽しいんだけどさ」

「あー、なるほど、その『読者賞』ね」

「うん、そう。モニター読者が選んだ作品ってやつ」

「だけど俺、そんなに小説読まないよ? 知ってると思うけど。ホラーは嫌いじゃないけど、基本映画とネットしか。だから小説としての良し悪しなんか」

「ああー! 大丈夫大丈夫!」

かき混ぜすぎたクリームソーダが溢れそうになっている。雅臣はそれをずごご、と大きな音を立てて飲み干して言った。

「もう決まってるんだよね」

「は?」

雅臣は人の好さそうな赤ら顔を些(いささ)か歪めて笑った。

「どれを読者賞にするかはコッチの方で決めてんだよもう。ここだけの話。ウチ小さい会社だからさ……分かるだろ?」

「うーん、まあ」

分かるような分からないような、だ。出版社のことはよく分からないが、経費削減のため、そういうこともあるのだろうか。

「だからお前はさ、その一作品だけ読んで、感想を書いてくれればいいわけよ」

「いいわけよって……」

雅臣のこういう強引なところは学生時代と全く変わっていなかった。不思議と嫌な気持ちがしないところが、彼の人徳なのかもしれない。

「たーのーむーよー、好きだろ? 怖い話! 実話系だから、普通の小説みたいなお堅い感じじゃないし……な? 一杯奢(おご)るからさ!」

「一杯かよー」

雅臣は、僕のアドレスに後ほどファイルを添付して送る、と言い残し、巨体を揺すって帰っていった。

こうして僕は、「すでに決まっている」読者賞小説を読み、感想を書く羽目になってしまった。

(写真:iStock.com/Koukichi

佐野道治様:添付ごらんください。――――
■家における埋葬について(1)     酒井宏樹

現代の日本社会において、埋葬方法は火葬です。

これは昭和23年に成立した「墓地、埋葬等に関する法律」によって定められています。

どうやら法律上の抜け穴もあって、どうしても土葬にしたいということであれば、個人所有の土地を法律成立前から墓地として利用している人を見つけてその土地を購入し、自分の墓として使う、という方法もあるようです。

今回私が調べたのは、今もなお土葬を行なっているという■■県の■家についてです。

まず土葬についてですが、皆さんが想像する土葬というのは、海外のように、または焼き場で焼かれる前のように、仰臥位(ぎょうがい)で棺(ひつぎ)に入っている状態だと思うのですが、江戸時代においては座棺(ざかん)といって、手足を折り曲げた状態の遺体を桶のような形状の棺に納めていたようです。

■家の土葬はさらに少し変わっていて、遺体の手足を切断し、胴体のみを納棺するというものでした。

■家の人間が皆、このように土葬されるというわけではなく、本家、つまり長男の家系が代々この形で土葬されるそうです。

今回はその不思議な埋葬法の由来を知るため、■家の分家だったという山岸さんにお話を聞くことに成功しました。以下の記録は録音を書き起こしたものです。

* * *

蛇神さんいうてね、あんたわかるん。

ほうよ、お金がたまるいうてね。ほやけん、■の家は今もあんな大きいいうて。わたしは信じれんけど。

それに、ここらは川が流れよるけん、昔は台風があると水が溢れよってね。

ほいで、ひとばしら、いうてあんたわかるん。

昔はどこもやっとったんよ。気色が悪い思うかもしれんね。わたしも思うよ。

柱にするんは、だいたいが悪い人やってね。悪い人やから、柱にすると、功徳、いうんかな。功徳が積めるて。蛇神さんもお喜びになるし、こっちにも、悪い人にも、どっちにとってもええこと、らしいわ。わたしは納得いかんけどね。昔の人の話やけん。

蛇さんいうんは、手足がないやろ。やけん、悪い人の手足をもいで、柱にしたという話なんよ。

ほうよほうよ、おかしい思うよね。

悪い人いうても、人を、ええように殺したけんね、バチがあたってしもたんやろね。ずいぶん前から、■の女にはおかしいのが出るようになったんよ。

突然、自殺してしもたりね。ほんなんはええほうで、自分の赤ん坊を殺してしもたりね。

ほっといとったら、■やない家の赤ん坊も死ぬようになったんよ。他の家は祟りやいうて小屋建ててお祀りして、ほんで今度は赤ん坊が柱になったらしいんやけど、やまんのよ。

これはいよいよいかんいうことで、シキクイ様を呼んだんよ、ほしたら、やっぱり柱がいかん言うて。

シキクイ様いうんは、ほうやね、今でいうたら「祓(はら)い屋」やね。

ほんで、■の家の当主は、手足もいで埋まるようになったんよ。

「■■■■■んよね」言うて。

それ以上のことは、よう知らん。わたしも、あん家、離れたけん。

今も、ずいぶん収まったみたいやけど、ほんでも死による。人の思いいうんは、強いんよ。

おるかおらんかもわからん神さんのために、人殺してええわけないわ。悪い人でも、人は人なんよ。

ほうや、あんた子供はおるんかいね。おらんか。ほんならええわ。

もうこんなんに、関わったらいかんよ。わたしらにはどうもできんけん。

余計な人に話したらいかんよ。よう気い付けて帰りや。

(写真:iStock.com/alkir

8月13日

「なんだこれえ」

思わず出してしまった声に反応して、どうしたの、と妻のユキちゃんが寄ってくる。

雅臣から送られてきた例の読者賞小説の第一話を読んだが、これは一体なんなのか。実話系というからには『これは●●さんが体験した~の話である。●●さんが若い頃、悪い仲間と肝試しに』みたいな感じだと思っていた。

しかしこれは三流ライターが書いたネット記事のようだ。たしかに不気味だが、オチもないし、どうしてこんなものを読者賞にしたんだろう。

それに―

「あ、これうちの方の方言よ」

ユキちゃんが言った。

「え、そうなの? ていうか読んだの?」

「んーん、読んでないよ。チラ見しただけ。ほうよ、とか、ほんで、とか、懐かしくなっちゃった」

ユキちゃんは柔らかく微笑んでいる。

本当に可愛い。ユキちゃんはふくふくとした丸顔で、体のラインも丸くて、歯も綺麗で、笑顔だけでいつも僕を幸せにしてくれる。

見た目通りおおらかで、声を荒らげたり、人を悪く言うのなんて、見たことがない。

一目見たときから大好きで、結婚しても毎日どんどん好きになる。

出会って以来、彼女の口から方言なんて一回も聞いたことがなかったが、この文章だと不気味に感じられる方言も、ユキちゃんが話すとすごく可愛いんだろうな、と思った。

「そっか。でもこれあんまり読まない方がいいかも。なんか、内容が縁起悪いし。創作だから、嘘なんだけどさ」

僕がそう言うと、彼女ははあいと言って、またキッチンに戻って行った。

僕はもうすぐ、父になる。

 

関連書籍

芦花公園『ほねがらみ』

「今回ここに書き起こしたものには全て奇妙な符合が見られる。読者の皆さんとこの感覚を共有したい」――大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。知人のメール、民俗学者の手記、インタビューの文字起こし。それらが徐々に一つの線でつながっていった先に、私は何を見たか!? 「怖すぎて眠れない」と悲鳴が起きたドキュメント・ホラー小説。

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ほねがらみ

大学病院勤めの「私」の趣味は、怪談の収集だ。

手元に集まって来る、知人のメール、民俗学者の手記、インタビューのテープ起こし。その数々の記録に登場する、呪われた村、手足のない体、白蛇の伝説。そして――。

一見、バラバラのように思われたそれらが、徐々に一つの線でつながっていき、気づけば恐怖の沼に引きずり込まれている!

「読んだら眠れなくなった」「最近読んだ中でも、指折りに最悪で最高」「いろんなジャンルのホラー小説が集まって、徐々にひとつの流れとなる様は圧巻」など、ネット連載中から評判を集めた、期待の才能・芦花公園のデビュー作。

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芦花公園 小説家

東京都生まれ。小説投稿サイト「カクヨム」に掲載し、Twitterなどで話題になった「ほねがらみ―某所怪談レポート―」を書籍化した『ほねがらみ』にてデビュー、ホラー界の新星として、たちまち注目を集める。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』の「佐々木事務所」シリーズ(角川ホラー文庫)、『とらすの子』(東京創元社)、『パライソのどん底』(幻冬舎)ほか。「ベストホラー2022《国内部門》」(ツイッター読者投票企画)で1位・2位を独占し、話題を攫った、今最も注目の作家。

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