
2020年は本当に、信じられないくらい、ありえないほどあっという間だった。
記憶がほとんどない。
本当は2020年は、わたしにとってとてもとても充実した年になるはずだった。
一月に小説を上梓した。しかも二冊。一冊は自分が関わった映画のノベライズ。もう一冊は、本当に本当に久しぶりに書きあげたオリジナルの恋愛小説。とても大切にしたい作品だ。この小説で朗読劇をやりたいと思っていた。
二月には、ベルリン映画祭へ行った。脚本で関わった映画が上映されたのだ。ベルリン映画祭はご存知の通り世界三大映画祭の一つで、そんな映画祭のスクリーンに自分の名前が映し出されることなんかたぶん人生で最初で最後だ。だからなんとしてでも参加したかった。遊びに行くくらいの軽さで飄々と行ったのだが、映画が審査員特別賞を貰うことになった。監督もプロデューサーも俳優もすでに帰国したあとだったため、急遽わたしが壇上で表彰されることになった。普通、そういう場に脚本家が立つことはほぼない。
当日は、NHKをはじめいくつかのメディアにインタビューもされた。
そんなわけで、わたしがベルリン映画祭の壇上に立つ映像が世界各国に流れたらしい。少なくとも日本では流れた。そのときは「監督でも俳優でもない人が出ちゃって申し訳ないなあ」くらいのぼんやりとした気持ちだったが、考えてみればベルリン映画祭で壇上にあがった人間は、長い歴史の中でも世界中で千人以内だろう。日本国内で言えば十人以下なんじゃないだろうか。そう思い返すと、あらためて緊張する。
そんなすごいことを経験し、ついでにアフターパーティだのなんだのに潜り込んだり有名監督や有名俳優を目撃したことをばりばりエッセイに書こうと思っていたのに、三月頭に帰国したらもう世界はコロナ一色で、そんな浮ついた文章を発表できるような雰囲気じゃなかった。
「帰国したらお祝いしようね」と連絡をくれた友人知人たち誰一人とも会えぬまま、みんなもうベルリン映画祭のことなど忘れてしまった。もちろんそうだ。命がけで暮らしている日々の中、わたしのことを考えてくれなんてもちろん言えない。
あとはもう、みんなと一緒だ。
日々の不安の中、家にこもり仕事をし、友達にも離れて暮らす両親にも兄弟にも会えないまま十二月まであっという間に過ぎ去った。
2020年は、強烈ないくつかの記憶と、それ以外の無しかない。2021年はどんな一年になるのだろうか。盛りだくさん過ぎて覚えてない、そんな日々を過ごせますように。
このあとに短い結びの文を書いて、このエッセイを書き終えるつもりだった。でもその数日後、本当に、2020年を忘れられないものにする出来事があった。
母が急逝した。
本当に本当に突然だった。まだ何も言えない。実感もない。
2020年は、いろいろなことがあった。でも、なんにもなかった。得たものと失くしたものの大きさに、今はまだどうすることもできずただ立ちすくんでいる。
愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。