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物理の4大定数

2021.02.11 更新 ツイート

世紀の大失敗実験…そして真理はみちびかれた 小谷太郎

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
史上もっとも有名な失敗実験、そして天才アインシュタインの登場で、人類は光速の真理を知ることになる。

*   *   *

(写真:iStock.com/vjanez)
 

史上もっとも有名な失敗実験

地球は宇宙空間を疾走しています。それは光行差現象からも確かめられます。この地球の疾走は光速測定にどんな影響を与えるでしょうか。

光を地球が追いかける場合、追いつくことはできませんが、光速は地球の速度だけ遅く観測されるのではないでしょうか
そして逆に光と地球が正面衝突コースにある場合、光は速くなるのではないでしょうか

……あたり前のことをなんだかくどくど言っているように聞こえますか? 

たしかに19世紀にはこれがあたり前の考えでした。
そしてこの考えにもとづいて、光速の変化を実際に測定する実験がおこなわれました。これによって、地球の疾走する速度を知ろうとしたのです。

1887年、アルバート・マイケルソン(1852-1931)とエドワード・モーレー(1838-1923)は、鏡とガラスをもちいる精密な実験装置を米国クリーヴランドの地下実験室に組み上げ、この測定をおこないました。

現在は「マイケルソン干渉計」と呼ばれるこの装置は、「干渉」という現象を利用して、二つの方向(たとえば東西方向と南北方向)の光速の差を測るものでした。
東西方向と南北方向の光速にちがいがあると、これはそれぞれの光線の往復に要する振動回数のちがいとなり、干渉縞(じま)の変化となって表れるのです。
この実験のため、クリーヴランド市の公共交通機関が止められました

(写真:iStock.com/JANIFEST)

周到な準備の後、マイケルソンとモーレーが干渉縞をのぞきこんだところ、二つの方向で光速にちがいは見られませんでした。この装置は鋭敏で、地球が10 km/s程度で運動していればそれが検出できるはずでしたが。

たまたま実験の日に地球が宇宙に対して静止していた可能性を考慮して、実験は半年後にもう一度くり返されました。しかし結果はおなじでした。
マイケルソンとモーレーは、光速の変化を検出することができませんでした。実験装置がどんな方向にどんな速さで動いていても、光速の測定値は変化しなかったのです。

これは一体どういうことでしょうか。どう解釈すればいいのでしょうか。マイケルソンとモーレーと世界中の研究者は頭をかきむしりました。

(写真:iStock.com/eternalcreative)

マイケルソンとモーレーの光速測定実験は、科学史上もっとも有名な失敗実験と呼ばれます。
この「失敗」は、光速の変化を測定することができないという宇宙の真理を明らかにしました。
それまで信じられていた常識に、物理学に、根本的な訂正が必要になったのです。

なお、この「失敗」により、マイケルソンは1907年のノーベル物理学賞を受賞しています。
失敗を受賞理由に挙げるのは選考委員会もためらったのか、「精密干渉計の考案、それを用いた分光学、メートル原器の研究」に対して授与されました。
この実験装置は、光の干渉を用いる精密な距離測定とみなせるのです。

光速が変わらないなら、いったいどんなことに?

測定装置(を載せた地球)が動いているのに光速が変わらない不可思議な現象はどう解釈すればいいのか、いくつかの不可思議なアイディアが提案されました。

ジョージ・フランシス・フィッツジェラルド(1851-1901)とヘンドリック・アントーン・ローレンツ(1853-1928)は、もしも運動する物体の長さがちぢむとしたら、マイケルソンとモーレーの実験結果を説明できる、と提案しました。(一部正解です。)

ローレンツたちの説明では、この宇宙は真空ではなく、光を伝える「エーテル」という媒質で満たされています。音が空気を伝わるように、光はエーテルを伝わるとされます。(化学物質のエーテルとは関係ありません。)
光を伝えるエーテルは、ローレンツたちの独創ではなく、古くからある概念です。しかし光の性質がだんだん分かってくると、エーテルの性質はどんどん奇妙奇天烈なものになりました

宇宙に浮かぶ月や太陽や遠方の銀河からの光がここまで届くからには、宇宙空間は膨大なエーテルに満たされていなければなりません。
エーテルはそのなかで暮らす私たちが存在を感じられないほど希薄で軟らかいのですが、光を30万km/sという猛速度で伝えるためにはダイヤモンドよりも硬くないといけません

(写真:iStock.com/AnatolyM)

そしてローレンツたちの考えるところでは、エーテルの中を泳ぎわたる物体は、エーテルの圧力によって、進行方向に圧縮されるというのです。(エーテルの奇天烈な性質がまた一つ追加です。)
地球も太陽も、マイケルソンとモーレーの実験装置も、マイケルソンとモーレー自身も、それと知らずにわずかに短くなっていることになります。

そのちぢみは、地球が10 km/sでエーテル中を運動しているとすると、もとの長さの10億分の1程度です。
このようなわずかな差は、ふだんの生活では決して気づくことはありませんが、マイケルソンとモーレーの精密な実験には影響する、というわけです。

動く物体が進行方向にちぢむ効果は「フィッツジェラルド=ローレンツ収縮」といいますが、しばしばフィッツジェラルドを略してローレンツ収縮と呼ばれます。おそらくフィッツジェラルドの発音がむずかしいためでしょう。
科学史に名を残すにはかんたんな名前のほうが有利なようです。

アインシュタインが現れ、エーテルは去った

フィッツジェラルド=ローレンツ収縮は、現代の私たちの理解でも正しい、実際の効果です。動く物体は進行方向にちぢみます。
しかし、光速が測定装置の運動によらないという実験結果を矛盾なく説明するには、フィッツジェラルド=ローレンツ収縮だけでは足りません。
さらに発想を飛躍させ、時間と空間の概念をもっと奇天烈に変更することが必要です。

その飛躍をやってのけたのがアルベルト・アインシュタイン(1879-1955)です。「相対性理論」を創造し、「量子力学」の創始者の一人となり、物理学を革新した天才です。

フィッツジェラルドやローレンツやその他の研究者が、フィッツジェラルド=ローレンツ収縮を考えだし、相対性理論まであと一歩のところまで来ていたとき、ドイツでアインシュタイン少年は、光に近い速度で走る汽車のなかで鏡をのぞくとどう見えるかという問題を考えていました。

(写真:iStock.com/romrodinka)

そんなおかしな問題がわかる大人は周囲にいなかったと思われますし、いくら考えてもわかるはずがないので、いつしか忘れてしまうのがふつうの子供、つまりアインシュタイン少年以外の全人類だと思われますが、アインシュタイン少年はアインシュタインだったので、その問題をいつまでもいつまでも考えつづけました。

アインシュタイン少年はその問題をいつまでもいつまでも、成人してまでも考えつづけ、そして1905年、ついにその答を思いつきます。
それが不可思議で奇天烈で、しかしマイケルソンとモーレーの実験結果やフィッツジェラルド=ローレンツ収縮やさまざまな宇宙物理現象を説明する物理学理論、「特殊相対性理論」です。

アインシュタインの特殊相対性理論は、エーテルという概念を使わなくても実験結果を説明できるので、エーテルは必要なくなり、教科書から消えました
本連載にも二度と現れないので、エーテルのことは(物理学者と同様に)忘れ去ってかまいません。さよならエーテル、短い付き合いでした。

 

●次回は2/26の公開予定です。

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小谷太郎

博士(理学)。専門は宇宙物理学と観測装置開発。1967年、東京都生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。理化学研究所、NASAゴダード宇宙飛行センター、東京工業大学、早稲田大学などの研究員を経て国際基督教大学ほかで教鞭を執るかたわら、科学のおもしろさを一般に広く伝える著作活動を展開している。『宇宙はどこまでわかっているのか』『言ってはいけない宇宙論』『理系あるある』『図解 見れば見るほど面白い「くらべる」雑学』、訳書『ゾンビ 対 数学』など著書多数。

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