
光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。
宇宙を支配する物理の4大定数を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説。
ガリレオ・ガリレオの時代に人類が挑んだ光速測定実験の結果とは……!?
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光速cは親切にもほぼ30万km/s
光速cは299792458m/sです。つまり、1秒に29万9792 kmと458m飛びます。
偶然ですが、これは30万というキリのいい値に非常に近いです。光速を30万km/sと近似して計算しても、0.07 %しかずれません。
光速を用いる計算をしなければならなくなることは、日常生活でしばしばありますが(ありませんか?)、このキリのよさのため、暗算したり概算したりするのがたいへんラクです。
これは人間に対する宇宙の親切の一つといえるでしょう。
(他の親切の例には、地球の重力加速度〈ほぼ10m/s^2〉、地球の大気圧〈ほぼ10万Pa[パスカル]〉、地球の軌道長半径〈ほぼ1億5000万km〉などがあります。)
光速はたいへん速く、日常生活でその速度を体感することは無理です。
知覚できないほど速いため、光源から対象まで、時間経過ゼロで届くように感じられます。
光の話をする際にしばしば引き合いに出される音は、光と同様に波の一種で、波長を持ち、「音速」で空気中を伝わっていきます。
しかし音速は約330m/sというのろさなので、日常生活でもしばしばその遅さを体感できます。

たとえば、夜空に咲く花火は、爆発が見えてから数秒後にドンという音がひびきます。
また、太鼓をたたけば音がひびきますが、数十mも離れれば、たたくのが見えてから一瞬遅れて音が聞こえます。
このような観察から、音に速さがあることは明らかです。音が遅れて届くことを利用して、音速を測定できます。
人間の運動神経では光速を測れない
けれども光の到達時間はこのような手法では測れません。
たとえば、失敗に終わった光速測定の一つに、近代科学の父ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が1638年の著書『新科学対話』のなかで述べている実験があります。
0. この実験は、夜に二人の実験者が数km離れて行ないます。二人は、光をオン・オフできるようなランタンを持っています。
1. まず、一人がランタンをオンにし、光を放ちます。
2. もう一人は、相手の光を目にした瞬間に自分のランタンをオンにします。
3. すると、最初の実験者は、自分がオンにしてから相手の光を見るまでの時間を測ることによって、光速を測定できるという原理です。
しかし両者の距離を3kmとして、光速は約30万km/sなので、これを往復するのに10万分の2秒しか要しません。
10万分の2秒というと、人類最速の短距離走者でも0.2mmしか移動できません。
仮に実験者が人類最高レベルの運動神経を持っていたとしても、ランタンの光をオンにするシャッターかスイッチを0.2 mmしか動かせません。
この実験がうまく行かなかったのは無理もありません。
光が1秒に走る約30万kmという長さは、地球の7周半に相当します。
地球の子午(しご)線の長さ、つまり北極から赤道を通過して南極にいたる旅路は、2万kmというキリのいい値に非常に近いです。
これは地球の親切や偶然ではなく、メートル法が制定された際、「1mは地球の子午線の長さの2000万分の1」と定義されたためです。
このように定義すると、北極と南極を通る地球1周はきっかり4万kmとなります。7周半で30万kmです。

ちょっと寄り道:メートルの誕生
メートルは長さという物理量を測る単位です。
実は、単位と物理定数は、切っても切れない深い関係があります。そのため本連載には単位の話題が何回も登場します。単位は本連載のもう一つのテーマといってもいいくらいです。
ここで少々寄り道して、メートルの誕生について述べておきましょう。
メートル法は、1790年、革命さなかのフランスで制定されました。旧体制(アンシャンレジーム)を打倒し、新しいシステムにとりかえようという機運が、政治のみならず科学の世界でも高まったのです。
長さの新しい単位は、足の長さや手の長さを基準にするのではなく、地球の子午線というグローバルで科学的な基準を用いることに決まりました。
フランス科学アカデミーの測量隊は、革命で揺れていたフランスを縦断して各地で測量を行ない、その結果をもとに子午線の長さを求め、世界で最初の1mの物差しを製作しました。
白金で作られた堅牢で立派な、初代「メートル原器」です。メートル原器とともに、1kgの分銅「キログラム原器」も同じ材質で製作されました。
「原器」とは物差しの親玉です。ほかのあらゆる(メートル法の)物差しは原器を基準として、原器の複製として作られます。
物差しの形が原器と似ている必要はありませんが、目盛はそっくりに作らないといけません。

当時の科学の粋を集めて作り上げられたメートル原器と合理的で便利なメートル法は、長い月日と紆余曲折の後、世界に普及し、今ではほとんどの国と地域で用いられています。
使われていないのは、アメリカなど一部の国や地域だけです。(アメリカ人も科学計算にはメートル法を用いていますが、一般には不便なヤード・ポンド法が主流です。)
メートル法がこのように普及するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
フランス革命後、気まぐれで短命な国家権力によってメートル法はうとまれたり無視されたりしました。
世界の科学者がメートル法の便利さに気づき、およそ100年後に、メートル国際条約が結ばれて、国際的な商取引に使われる公式の単位系としてメートル法が採用されるまでの物語を語るには、そのための本が1冊必要です。
メートル原器とメートルの定義は何度か改訂され、最初のメートル原器は引退しました。
引退したものの、跡を継いだ二代目メートル原器や、さらにその跡を継いだメートルの定義は、最初のメートル原器を尊重して矛盾しないように作られています。
そのため、パリの外れの度量衡局(どりょうこうきょく)に保管されている初代メートル原器をひっぱり出してきても、現在の物差しとぴったり合います。
現在の測量機器を用いた精密な測定によると、地球の子午線の長さはちょうど2万kmとはならず、3932 mほど長いようです。
フランス科学アカデミーは子午線の長さを0.01966 %ほど過小評価していました。
当時の技術で誤差がたったこれだけとは、大変立派な仕事です。
メートルという長さの単位は、最初地球を基準に作られましたが、現在の定義は光速と深く関わることを、後で解説します。
追記(2020/12/29): 初代メートル原器の材質を訂正しました。御指摘いただいた、いのう
●次回は1/11公開予定です。
物理の4大定数

光速c、電子の電荷の大きさe、重力定数G、プランク定数h。この4つの物理定数は、宇宙のどこでいつ測っても変わらない。宇宙を今ある姿にしているのは物理の4大定数なのである。
宇宙を支配する数字の秘密を、NASA元研究員の小谷太郎氏がやさしく解説する。