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本屋の時間

2020.09.01 公開 ポスト

第93回

会いたくて、会いたくはない辻山良雄

はずんだ声が、急な階段を伝って降りてくる。お元気ですか。どうしてましたか?

それは普段から交わされていた会話なのかもしれないが、その時はより感慨を含んだ響きのように聞こえた。

よくぞご無事で……。

 

七月から、二階にあるギャラリー展示を再開した。店の休業に伴い開催が延びていた中山信一さんの企画からはじまり、八月には同じく延期となっていた、石山さやかさんの展示を行った。

感染者の数が収まらず難しい時期だったと思うが、期間中はお二人とも、感染防止に配慮しつつもできるだけ会場にきて在廊してくださった。

多くの人と話すことができてほっとしました。

ある日の閉店後、中山さんはそのように言い笑ってくれた。この時期、実際に作家と話して観た作品は、来場した人にとっても、特別な体験となって染みついたことだろう。

 

触れることのできる距離で誰かと会い、ことばを交わすことは、人間が抱える根本的な欲求なのだと思う。わたしはこの何か月かのあいだ、幾つかの取材をオンラインで受けたが、これはほんとうに伝わっているのだろうかと思うことがしばしばあった。

話している声の微妙な震え、一瞬顔に浮かんだよろこびの表情。わたしたちはそうした全身を使った〈交感〉を、普段から意識せずとも行っている。

しかし画面越しの会話では、話の意味は伝えられたとしても、身体のどこかに思わず現れてしまった感情は、まだそこに取り残されたままだ。その無意識にこぼれてしまったものこそが、これまで会話に命を吹き込んでいたというのに……。

一度Zoomを使って取材をしてくれた人が、後日改めて店に来たことがあった。長居をしてはZoomの取材にした意味がなくなると、その時は簡単に挨拶だけして帰っていったが、あの人は〈身体〉を求めにやってきたのかもしれないなと、あとから腑に落ちた。

コロナ禍により人と会うことが制限され、他人の身体が疎ましいものとなってしまったいま、わたしたちは相反する感情に引き裂かれている。

会いたいけど、会いたくはない。

実家への帰省、友だちとの会食、イベントへの参加……。これまで深く考えずに行っていたことは、一つ一つその意味がはかりにかけられ、決断を迫られる。

しかしどれだけ情報技術が進んでも、わたしたちは相変わらずこの身体にしばられている。誰かに会いたいのは、身体がそれを切実に求めているからだ。

人間の本分は、はたして抑えられたまま、いることができるのだろうか。それはわからないが、わたしたちはその裂け目の上を歩いていかなければならない。

 

今回のおすすめ本

『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』ジョージナ・クリーグ 中山ゆかり訳 フィルムアート社

自身盲人である著者は、幼いころからその名前を引き合いに出され、自らの行為を正されるなど、ヘレンに対して複雑な感情を抱いていた。しかしジョージナは、ヘレンに親しく遠慮のない「手紙」を送ることで、偉人として括弧にいれられたヘレンの〈個〉を回復させる……。真の他者理解へと近づく、「創造的な」ノンフィクション。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー

「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念

これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。


◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース

本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント

展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)

 

◯【お知らせ】

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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