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彼方からの手紙

2025.12.28 公開 ポスト

私のトリセツ清水ミチコ/光浦靖子

スマホを新しく買い替えしました。何かと忙しい年末、とはよく聞く言葉ですが、私の場合、自分でこうして何か気ぜわしいことを呼び寄せてるんじゃないか? と思います。師走のなせる私の呼び寄せ。

仕事では全国ツアーの時期でもあり、土日・祝日はただでさえ落ちつきのない生活。そこにもってきて大事なスマホの調子がよろしくなくなってきたんですよね。思えばスマホほど頼れる相方がいるものでしょうか。なんでも即座に調べてくれるし、家族以上に私のことを細やかに記憶してくれてます。他人には教えないような秘密(マイナンバーや口座番号とか)まで共有してる濃密な信頼性。いつからこんなに仲良くなったんだっけ、と思い出せないほど、静かでさりげないパートナーです。毎日新しいネタまで持ってきてくれますからね。

 

毎日自分の手の中で飽きずにながめ、可愛がってきたこの子。ところが、あれ? ちょっと病気じゃないかしら、起きてくれないわ、から始まり、そのあとはどんなに心配しても、5,6年で寿命になるという運命なんですよね。長くつきあうような顔して、生命線だけは短いこの子。たぶん私たちは組織に足元を見られてるんです。

さらには12月の中旬、なんとなく歯がぐらついてきたと思い、あわてて歯医者さんへ。すると、すぐレントゲン室へ連れていかれました。結果、「若い頃に入れたインプラントの根っこの悪化なので、インプラントを抜歯しなきゃですねー」と、軽く言うではありませんか。プロの欠点。抜歯が日常茶飯事なのか、驚きや神妙さがありません。嘘だろ。やだからね。私は首を断固として横に振りたくなりました。

現実というものはいつも苦手なタイプが走って目の前にやってくるものです。拒否したいのは、抜歯がイヤだからでも、本番でしゃべりにくくなる不安からでもありません。20代の頃入れたそのインプラントは、若かった私にとって(今日は莫大な負債を抱えた人生の始まりの日だ)と絶望感を抱かせたほど高額な苦い思い出があったのです。清水の舞台から飛び降りた日。清水だけに蒸発したくなりました。ぺこり。なので、「一生ものの大切な奥歯」と信じて、一生懸命磨いてきたのに。ま、私の歯肉の老いのせいなんですけどね。

「きっかけは思い当たりますか?」と聞かれ、私は恋人と別れるような声で「さよなら」と答えるみたいに「タピオカ」と答えました。歯医者さんが笑いそうな顔になるのを私は見逃しませんでしたが、あっさり「今日、やっちゃいましょう」と、あっさり抜歯されました。ここでもプロの欠点。抜歯が日常茶飯事なので、医者に腕まくりも同情もありません。

「ナニ、腫れたりもしませんよ」と言ってましたが、心理的ショックが大きかっただけで、本当に痛みもなく終わりました。ありがとう医学。

そんな夜に光浦さんと青木さんとのYouTubeを収録しましたよね。「抜歯したんだから優しくしてちょうだい」と言いました。あの時やたら楽しい収録だったせいで、すっかり言い忘れてましたが、光浦さん、本当はあげたくなかったというものを私にくれるのこれからはやめてくださいね。よくないですよ。もらった私が飽きたとき、捨てられないじゃないですか。

思えば光浦さんと私はスマホより長いつきあいになってるというのに、いまだ自己紹介をしたことがなかったですね。私、清水ミチコは目の前のものがなんとなく欲しい! って思っても、すぐ気が変わります。やっぱどっちでもいい! と。西野カナの「トリセツ」みたいですが、一曲聞いてもらいますよ。では歌います。(イントロ1分08秒)ああいう時の私は、神田うのさんが所有する大量のブランドのバッグと同じで、常に目先の新しい物品にただ弱いだけなのです。(神田うのさんには光浦さんからあやまってくださいよ。だいたいこれ憶測だし、それを筆が滑って書かせたきっかけはあなたです)。

そういえば昔、こんなことがありました。和田誠さんが、共著で本を出されている友人である村上春樹さんのことを、「アイツはえらいんだよな、新刊に一冊一冊ちゃんとサインして人に渡すんだよ」と言うので、「和田さんも書いてくださいよ」と言ったら、「オレは書かないよお。だってもらった人がいらなくなった時、古本屋に売りにくいだろ」。謙虚! なんて腰が低いんだ。低いというよりもともと腰がないんじゃないかってくらいの自我のなさです。受け取った人を案じてサインを書かない。そんな人間になりたいものです。ここまでが私のトリセツの歌詞のサビ前の一番です。覚えるまで歌ってみてね!

 

【シミチコNEWS】2月にこちらの本が出ます。よろしくお願いします。

関連書籍

清水ミチコ『カニカマ人生論』

すぐに「気負け」して泣いてしまう少女の頃の笑えて切ない思い出。永六輔さん、タモリさんはじめたくさんの大切な人たちとの巡り逢い。自分の弱さやセコさにぶち当たりながらも、日常の些細な面白みを慈しみつつ、「若い頃よりクヨクヨしなくなった」と思えるようになるまでの様々な出来事。武道館を沸かせる国民の叔母(自称)の、自伝エッセイ。

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彼方からの手紙

清水ミチコさんと光浦靖子さんが月1回手紙を送りあうリレーエッセイ

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

光浦靖子

1971年生まれ。愛知県出身。幼なじみの大久保佳代子と「オアシズ」を結成。テレビやラジオで活躍する一方、手芸作家、文筆家としても活動。著書に『『50歳になりまして』『お前より私のほうが繊細だぞ!』『傷なめクラブ』など多数。2021年8月よりカナダに留学。現在は、就労ビザを取得し、カナダで生活を続けている。(写真:山崎智世)

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