おひとりさまブームで増え続ける独身人口。しかし“身元保証人”がいない高齢者は、入院だけでなく、施設への入居を断られることも多いそう。
さらに認知機能の低下で金銭管理が怪しくなり、果ては無縁仏になるケースも……。
「おひとりさま高齢者」問題研究の第一人者、沢村香苗さんが上梓した幻冬舎新書『老後ひとり難民』より、一部を抜粋してお届けします。
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生活保護受給者の55%以上が65歳以上
「老後にお金が足りなくなったら……」と心配する人は多いでしょう。もちろん、最終的には生活保護という公的制度があります。
「生活保護は受けたくない」と思うかもしれませんが、先にご紹介したニュースの事例のように、十分な預金を持つ「老後ひとり難民」が病院に搬送され、意思疎通ができない場合に、生活保護制度を利用して医療費が支払われるケースもあるなど、八方塞がりとしか思えないような場面で活用されることもあります。
一方で、厚生労働省が2024年3月に発表したデータによると、すべての生活保護受給者において65歳以上の割合は55%以上となっており、高齢者の比率が高いことがわかります。
そもそも、生活保護とはどのような制度なのかを見ておきましょう。
生活保護制度は、生活に困窮する方々の最低限度の生活を保障し、自立を助けることを目的とした公的扶助制度です。
生活保護を受けると生活費が支給されるほか、「医療扶助」により医療機関での診察や薬における自己負担がなくなります。介護が必要な方であれば、介護保険サービスを利用する際の自己負担分も、原則として「介護扶助」によりすべてまかなわれます。
経済的に困窮している方々にとっては非常に重要なセーフティネットであり、特に身寄りのない高齢者にとっては老後の生活を支える最後の砦として大切な制度といえます。

生活保護における〝キーパーソン〟とは
生活保護制度について理解するには、「ケースワーカー」の存在にも目を向ける必要があります。
ケースワーカーは、生活に困窮している人からの相談に乗り、生活保護の申請を受けつけ、申請者の生活状況、資産、収入などを詳しく調査し、生活保護を受ける要件を満たしているかどうかを判断する役割を担います。
さらに生活保護の受給が決まれば、ケースワーカーは受給者ひとりひとりの状況に合わせて、現金支給、医療扶助、住宅扶助、就労支援など必要な支援を提供します。
また、受給者ができるだけ自立できるよう、生活や仕事に関するアドバイスや指導を行うこともケースワーカーの仕事です。
ケースワーカーには、社会福祉主事任用資格を持つ公務員、社会福祉士や精神保健福祉士などの国家資格を持つ専門職の人が就くのが一般的です。
社会福祉に関する専門知識とスキルを持ち、行政機関の職員として公正な立場で業務を行うことが求められており、生活に困っている人々への支援の要となる存在といっていいでしょう。
実務の場面では、ケースワーカーは生活保護受給者のさまざまな問題に対応しています。本来の業務外の役割を担うことも少なくありません。
以前お話を聞いたケースワーカーさんは、生活保護受給者の看取りや納骨、住んでいた家の片づけなども必要に応じて行っているといっていました。
実のところ、「老後ひとり難民」の問題の多くは、生活保護受給者となって、ケースワーカーがつくことによって対処可能になります。
もちろん、生活保護受給者になるのは困窮状態になることを意味しており、それ自体は辛いことに間違いありません。
しかし、生活保護を受給できれば医療費の心配がなく、緊急時に入院を拒まれるおそれは小さくなります。住宅扶助が出るため、賃貸住宅に住んでいる人の場合は、貸主にとっても安心材料となることは間違いありません。
また、自治体とのつながりができることによって、看取りや火葬などもスムーズに対応してもらえる可能性が高くなります。「老後ひとり難民」のなかでは、ある意味で「恵まれている層」だともいえるかもしれません。

大半の人が知らない「老後ひとり難民」の本当のリスク
老後の問題として思いつきやすそうな「認知症」と「老後資金不足」について見てきましたが、「判断能力はしっかりしている」「お金ならさほど心配ない」という場合でも、「あとは介護サービスさえあれば大丈夫」とはいえません。
第1章でも触れましたが、高齢期の問題として、食料品の買い物などの日常生活に必要な行為が難しくなることがあげられます。
ここでいう「日常生活」とは、本当にちょっとしたことの積み重ねです。食料品の買い物だけでなく、たとえばゴミ出しや掃除、洗濯などの家事ができて、初めて「日常生活」は成り立つのです。これらができなくなれば、生活の質は少しずつ下がっていってしまいます。
高齢者の日常生活における困難はさまざまですが、買い物難民の問題は深刻です。
農林水産省が発表している「食料品アクセスマップ」(2015年)によれば、自宅から「食肉、鮮魚、果実・野菜小売業、百貨店、総合スーパー、食料品スーパー、コンビニエンスストア」等の店舗まで500メートル以上あり、自動車利用困難な65歳以上高齢者を「食料品アクセス困難人口」として推計した結果、食料品の買い物が困難な高齢者が2015年時点でも824万人にのぼります。
75歳以上の高齢者に限れば535万人、実に「3人に1人」は食料品の買い物に困難を抱えていることになります。
また、国立社会保障・人口問題研究所の「生活と支え合いに関する調査」(2019年)によれば、高齢の独居男性では約3割が、日常的な「ちょっとした手助け」さえ頼める人がいないと回答しています。
これが「介護や看病の際に頼れる人」となると、そのような人がいない割合は、高齢の独居男性の約6割にのぼります。
「夫婦のみ(どちらかが高齢者)」の世帯や高齢者以外も含む複数人世帯でも、介護や看病の際に頼る人がいないという回答が3割ほどにのぼり、より手間のかかる支援を必要とする場面で、頼れる人が不足している実態が浮き彫りになっています。

介護保険に含まれないサービスが普及しない理由
日常生活を維持するためのさまざまな行為が難しくなってくれば、何らかの形で支援してもらう必要があります。
候補の一つとなるのは、介護保険サービス事業者が提供する「保険外サービス」や「自費サービス」と呼ばれるメニューです。
たとえば、訪問介護事業者が提供する保険外サービスとしては、家事代行サービスがあげられます。
掃除、洗濯、調理、買い物代行など、日常生活に必要な家事全般を支援するもので、介護保険の対象となる身体介護や生活援助がケアプランに基づいて時間や内容が決まっているのに対して、より幅広い生活支援を提供します。サービス内容や料金設定は事業者ごとにさまざまです。
これらの保険外サービスについては、ケアマネジャーがどのように関与できるかという問題があります。
第1章でご説明しましたが、ケアマネジャーは、複数の介護保険サービスを提供する事業所に所属している方であるケースが少なくありません。だからこそ、その事業者が介護保険外のサービスも提供している場合、それを利用者にすすめることもできるはずですが、実際にはそのような提案は積極的にはなされていないようなのです。
理由の一つは、介護保険の範囲を超えるサービスは、利用者が全額自己負担(10割負担)する必要があることです。介護保険サービスの自己負担(1~3割)に比べて、全額自己負担では費用がかさみがちになります。
介護保険サービスの自己負担額と比べると、どうしても「高すぎる」と感じやすいので、利用者としても「使ってみよう」という気持ちになりにくいのでしょう。
そのことをよく知っているケアマネジャーとしては、保険外サービスは提案しづらいのかもしれません。
また、ケアマネジャーは、利用者の希望やニーズに合わせて適切なサービスを組み合わせるのが仕事です。自分が所属している介護保険サービス事業者のサービスばかりをすすめると、利用者本位ではなく、営業活動をしているような印象を与えかねないと考える人もいるでしょう。
実際、ケアマネジャーが自社サービスを不適切にすすめていないかが問題になるケースもあり、ケアマネジャーとしては、そうした疑念を持たれることは避けたいのではないかと思います。
さらにいえば、ケアマネジャーが積極的に介護保険外のサービスをすすめて契約に至ったとしても、それが自分の収入に直結するわけではありません。そのため、利用者のニーズがあっても、積極的に提案しないケースもあるのかもしれません。
「老後ひとり難民」の介護保険利用者のなかには、「多少お金を出しても構わないのでケアマネジャーにすべてを任せられたほうが安心できる」という人や、「介護保険内のサービスだけでなく、それ以外の生活支援まで含めてトータルでサポートしてくれるほうがよい」と感じる人もいるでしょう。
しかし、さまざまな事情から、介護保険外のサービス利用はなかなか進まず、そういったメニューを提供する事業者もあまり増えていません。
結局のところ、日常生活が立ち行かなくなったとき、取れるすべはあまり多くないというのが現状なのです。
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「老後ひとり難民」に起こりがちなトラブルを回避する方法と、どうすれば安心して老後を送れるのかについて詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『老後ひとり難民』をお読みください。












