清水ミチコさんの「朝日新聞」連載エッセイ「まぁいいさ」(金曜日夕刊・月1回)をまとめた文庫本『時をかける情緒 まぁいいさ』が発売になりました。平成から令和へ、自由自在にかけめぐる清水さんの情緒の味わいを、少しだけお裾分けします。

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20代の頃、いい言葉をいただいたことがあります。何やってもうまくいかない、と、当時へこたれてた私に、バイト先のオーナーが「あらあ。人生、だいたい6~7割はつまらないようになっているものなのよ。うまくいってる時は、そのぶん感謝したり、うんと喜ぼう、と思ってるくらいでちょうどいいのよ」。
努力は報われる、みたいなことを言う大人がほとんどだったので、私は驚きました。自分以外、みんな幸せそうに見えるけど、実は色んな思いがある中を、前向きに生きているのかも。私はこの一見希望に満ちてはいない言葉に感銘を受け、時々コラムなんかでも披露してきました。
ところが先日、その方とお会いし、その話になったのですが、「あの~、私もその話を何かで読んだのだけど、清水さんの思い違いじゃないかな。私はそんなこと言ってないわよ~」と言うのです。
え~! 私は当時、その言葉をメモしてたくらいなので、絶対自信ある! とも思ったのですが、その方も嘘を言うような人物ではないので、自信が揺らぎました。メモにする時、もしかしたら私なりの解釈が入ったりしてなかったか、などと考えていくうちに、絶対に! とは言えなくなってきました。
でも、こんな風に驚くような記憶違いは、実はものすごく多いのかもしれません。先週は母親との電話で、小学生の時に飼ってた猫の話をしたら、「猫なんか飼ってた?」と言うのでビックリしました。
「飼ってたじゃん! 冬休みにサキイカ食べちゃって、腰が抜けてかわいそうだったミーコ、覚えてないの?」
しかし、今思えば当時代だった母は、仕事を終えて夕方帰宅すれば、自宅でやってたお店の手伝い、祖母の介護に育児や家事などで、鬼のような多忙生活。私の部屋でよく寝てた猫のことなどは二の次、三の次だったのかもしれません。
そんなことを思ってた矢先、ナイツの塙さんが、「僕の兄の取材記事を読んだりすると、昔の話が小さく捏造してあって、なんでこんな嘘を? って思います」と言っていました。ここぞ! と思い、私はこう言いました。「昔の話にはね、記憶違いが必ず存在するもんなんだよ!」と、実感を込めて。
口調が強かったのか、塙さんは「あ、はあ」とヒキ気味でした。
時をかける情緒 まぁいいさ

カンジ悪さが褒められた「ドクターX」出演、黒柳徹子さんにおフルの洋服をプレゼント、詐欺かと疑った伊丹十三賞受賞の電話、武道館ライブで達成感が得られない謎、卒業証書チラ見せ伊藤市長からの学び、60代で初婚の親友の結婚式、人生の残り時間を計算して思うこと……。平成から令和へ、自由自在に軽やかにかけめぐる情緒の味わい。











