体力も気力も大きく変わる「80歳の壁」。そんな壁を軽やかに超え、現役で活躍し続ける人たちがいます。高齢者医療のカリスマ・和田秀樹が“80歳超えのレジェンド”たちと対談した内容を収録した『80歳の壁を超えた人たち』は、老いへの不安を希望に変える一冊です。
食事、運動、医療との距離感、意欲の保ち方まで、“老けない人”から幸せに長生きする秘訣を引き出した本書から、一部をご紹介します。
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養老孟司(ようろう・たけし)
1937年鎌倉市生まれ、88歳(2026年1月時点)。東京大学医学部を卒業後、1年のインターンを経て、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。東京大学医学部教授、北里大学教授を歴任。東京大学名誉教授。『バカの壁』(新潮新書)など著書多数。
医者の話を聞かない。普通に生活してりゃいい
和田 僕は養老先生には、一生頭が上がらないんです。僕本当に出来の悪い学生で、臓器とか神経の名前が覚えられない(笑)。でも養老先生は試験の前に「ここを出すぞ」って教えてくださったんですよ。おかげで解剖学の単位が取れて進級もできた。
養老 (笑)。落とすともう 1回試験しなきゃいけないでしょ。それはとても面倒くさい。だから教えるんです(笑)。
和田 おかげでスタート地点を生き延びて医者になれました。ところで、今回のテーマが「長生きをより楽しく」なんですが、真っ先に思い浮かんだのが養老先生でした。失礼ながら「老後の見本」みたいな方ですから。
養老 (笑)。
和田 世の中がどんどん窮屈になるなかで、養老先生は今でもタバコを堂々と吸う。そして虫を捕りに世界各地に出かける。とても自由で素敵に見えます。
養老 タバコを吸うのも大変です。ホテルでも決まった場所に閉じこめられる。だけどタバコって「今から吸います」というんじゃない。なんとなく吸うものなんですよ(笑)。
和田 禁煙したことは?
養老 ありますよ。ただね、僕はやめると太る。1回やめると5キロ。3回やめたので15キロ増えて、70キロが最高でした。若い頃は、55キロが標準でした。3年前にあまりにも体重が減るから病院に行ったら糖尿だった。で、緊急で入院してステント入れられ、半年拘束されました。まあ入れても入れなくても、生活の状況は全然変わりません。担当医には悪いから、そんなことは言わないけどね(笑)。
和田 僕も糖尿病の積極的な治療には懐疑的です。自分が糖尿病になり複数の薬を試しましたがどれも効果がない。一番効果があったのは歩くことでした。一時期、医師の言いつけを守り、血糖降下薬を飲んだんですが、僕の場合は頭がぼーっとする。糖分は脳の唯一のエネルギー源なんだから、血糖値が高いほうが頭は冴えるのは当然です。脳の専門家として、養老先生はどう思いますか?
養老 血糖値が高いと頭が冴えるかはわからない。だけど低くなるとダメなことはわかります。それと、医者の言うことを聞かないろくでもない患者というのは同じです(笑)。
和田 無理して薬とかを使うよりは、数値が高くても維持するのがいいと思ってます。
養老 普通に生活してりゃいいんでね。ただ、世の中が変わって甘いものが美味しくなった。油断するとやたら食べちゃうから控えるようにしています。
人に縛られない。自分のことも縛らない
和田 長年アクティブでいる秘訣みたいなものはありますか?
養老 ひとつは、人間のことに一所懸命にならない、ですね。ひとりでいることが悪いように言われるけど、年寄りはひとりでいるほうが楽なことも多いんです。僕の場合、愛猫のまるが死に、親しい友達もだいたい死んでます。それを寂しいと思っても仕方がないし、今さら新しい知人を作っても疲れるだけでね。
和田 高齢者は家族と同居しているほうが自殺率が高いんです。統計で明らかになっているのですが知られていません。多くの人は「ピンピンコロリで死にたい」って言うけど、それは元気な人が突然倒れて死ぬってことです。で、後日発見されるのが、いわゆる孤独死です。
養老 歴史を見ると、西行も鴨長明も、死ぬ時は傍に誰もいなかったんじゃないかな。孤独死ですよ。
和田 日本はやたら同調圧力が強くて、孤独を恐れる風潮もそのひとつですよね。でも周りの空気に合わせるほど、自分で自分の首を絞めることになる。
養老 ひきこもりが多いのも周りがうるさいからでしょう。社会の病気みたいなものですね。
和田 とはいえ養老先生は社会的な仕事を続けています(笑)。
養老 関わり合わないほうが面倒くさい。多くは頼まれ仕事で、それを断るのが面倒なんです。
和田 引き受けるのも面倒だし、断るのも面倒(笑)。
養老 だから長く続きそうな仕事は最初に考えます。途中で嫌にならないかな、とかね。負担にならないようにするんです。
和田 年をとってからですか?
養老 いや、昔からです。僕は小学校2年で終戦を迎えたから。戦中、大人は頑張ったでしょ。若者も子供も渦に飲みこまれた。国民全員が一億玉砕の雰囲気だったのに終戦でコロッと変わった。ああいうのはやめたほうがいいと、肌でわかったんです。
和田 臨床ではなく、解剖に行かれたのも、人に合わせるのが嫌だったからですか?
養老 患者さんを診るのが嫌なんだよ。人間ですからね。痛いの痒いのってうるさいでしょ。で、時には死なれちゃう。死なれるのが嫌なんです、僕は。患者さんに一所懸命になればなるほど、死なれるとこたえますから。
和田 人に縛られないということは、自分を縛らないことなんですね。
同調圧力は日本の民族性。でも嫌なら離れればいい
和田 養老先生はお母様もお医者さんでしたよね?
養老 そうです。父が戦争中の昭和17(1942)年に亡くなり、母が開業しました。
和田 当時としては珍しいというか先進的で自立されてます。
養老 誰もが生きるのに必死でしたから。先ほど日本の同調圧力の話が出ましたが、僕は無理もないんじゃないかと思うんです。つまり物理的な問題だと。人が住める「可住地面積」で人口密度を測ると、青森や福島がヨーロッパの平均なんです。
和田 いわゆる過疎地ですね。
養老 はい。日本では過疎と言われる土地が、ヨーロッパなら普通なんです。それだけ人が寄り集まっているってことです。こうなると、お互いの顔を見ながら調整しなきゃならないでしょ。誰かひとりが違うことしてると迷惑になるからね。そうやって長い間に同調圧力みたいなものになっていったのだと思うんです。
和田 僕はアメリカのカンザスに留学していましたが、隣の家まで5キロくらい離れていたりする。アメリカはクルマ社会だからなんとかなるけど、日本では過疎の地域でも集落を作りたがります。民族性なんでしょうね。
養老 みんなで協力したほうが都合はいいですから。とくに水田耕作を2000年以上も続けてきているので。忖度とかも、仕方ない面があるのかもしれません。ただ、時代は変わったのだから、いつまでもそれにこだわってるのはおかしいと思うんですよ。
和田 仲間外れの恐怖感がすごく強いのだと思います。僕は子供の頃から人と馴染めなくて、仲間外れにされても気にしなかった。だから好きに生きてこられたような気がするのですが。でも東大医学部でも村意識みたいなものを感じたんですよね。小中高とものすごく勉強できて周囲から浮いてただろう人なのに、東大医学部村に入ったら、そこにしがみつく。落ちこぼれたくないって雰囲気がありましたね。養老先生の時代は?
養老 同じですよ。僕が基礎医学を専攻したのも、それが理由のひとつです。学生の頃、東大病院で若い医師とすれ違うと、全員機嫌が悪いんだよね。ちょっと上の先輩たちですよ。だからもうこんな機嫌の悪いところは嫌だと思って(笑)。
和田 序列というか。教授の機嫌を損ねたら飛ばされる、ということに神経を尖らせている。
養老 みんな辛抱して働いていたんだと思う。僕が「辞める」と言ったらうらやましがられましたよ。「お前は辞められるからいいよな」ってね。いいなと思うなら辞めればいいじゃないか、と思うんだけど、それができないんですよ(笑)。
関わるも関わらないも自由。負担に思うなら避けりゃいい
和田 東大病院の七不思議みたいなものですね。辞めて開業すれば、一国一城の主として上に気を遣わず医療ができるのに。だけど私立と比べて東大は開業医が少ない。開業する人は落ちこぼれとか負け犬っていう雰囲気がある。
養老 というより向いてない。母がよく言ってましたね。母は女子医大(当時は女子医学専門学校)でしたけど「医師会にも東大出身の開業医が何人かいるけど、だいたい流行らないのよね」と(笑)。
和田 営業力とかコミュニケーション能力が低いんですよね。流行っている病院の先生って、めちゃくちゃ愛想のいい人が多いですから。
養老 やっぱり好きなんですよ。そうやって人と付き合うことが。僕は不向きだけど。
和田 僕もほぼ向いていない人間です(笑)。やはり上手に老いるためには養老先生が仰る「人間のことに一所懸命にならない」ということは大事ですね。仲間外れを恐れる側も人を疎外する側も、結局は、人を縛り自分を縛って生きている。
養老 ただ、そういうのが好きな人もいますから。だから人に一所懸命になりたい人は、そうすればいい。嫌な人は付き合わなきゃいい。負担になることは避けたらいいんです。
和田 養老先生は子供の時、頑張ることの無意味さみたいなことに気づかれたし、僕はもともとが人とうまく関われない人間です。そんな僕でも、人間として大きく変わる出来事がありました。
養老 それは?
和田 僕が精神科を選んだ理由は人を殺さない科だと思ったからです。ところが浴風会という病院に就職してすぐ、患者さんが病棟で自死をした。これは相当にこたえましたね。精神科でも人は死ぬんだと。以来、医者という仕事にかなり真面目になりました。
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80歳の壁を超えて、生き生きと人生を満喫する秘訣を知りたい方は、幻冬舎新書『80歳の壁を超えた人たち』をお読みください。
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80歳、90歳を過ぎても驚くほど若く、元気に活躍し続けている人がいる。本書では、高齢者医療のカリスマ・和田秀樹が、養老孟司氏、草野仁氏、宮内義彦氏、市川寿猿氏ら〝80歳を超えてなお現役のレジェンド〟から、いつまでも老けない極意を引き出す。「食べるのは肉? 魚?」「医者にはかかる? かからない?」「運動はやっている?」「意欲を持ち続ける秘訣は?」――そんな疑問に答える、実体験から生まれた“幸齢【こうれい】習慣”が満載。不安いっぱいの老後が、幸せに満ちた黄金期へと変わります!
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