今朝も明け方近くに一度目が覚めた。ここ二週間ほど、熟睡した日は数えるほどしかない。それは生活の変化を、体のほうが先に感じとっているということだろう。店頭での営業は休止しているので、店で作業する時間は減っているのだが、家に持ち帰って行う仕事はかえって増えてしまい、メリハリのない時間を、延々と過ごしている気がする。
常連のTさん(おじいさん)がやってきて、いつものように文庫本を買って帰った。今日は営業してるんだよね? こちらが何も言わずいつも通り接客したから、かえって不安に思われたのかもしれない。「店は休業してますけど、本を買いたい人には買ってもらってるんです」。だって左のシャッターは降りてるし、貼り紙だってしてますよねとはもちろん言わなかったけど、いつもと違うということだけは、どういう訳だか伝えたかった。
あぁ……。割り切れない表情のまま、Tさんは出ていってしまった。すこしうしろめたい気持ちにさせてしまったかもしれない。しばらくは来ないかもしれないな、こうしたささいなすれ違いが、心をじわじわと浸食する。
日ごろから人はそれぞれ違うことを考え、違う立場で行動しているが、それはお互い見ぬふりをして隠されているのだろう。いざその違いをはっきり目のまえに見せられると、それはなかなかつらいことでもある。いまいろんな場所で、こうしたささいな違いが、人と人とを分けている。もちろん書店主は、人を裁く立場にはない。それは誰だってそうだ。
ありがたいことに、ウェブからの注文がかなりの数届いているので、昼間はカフェのスペースを使って妻が伝票に宛名を書き、プチプチを切っている。こうして二人で同じ作業をするのは久しぶりだ。そのように考えてみたら、この前こうした時間を過ごしたのは、店を開店する直前、四年以上前のことであった。
しかし、誰に対して店を開こうとしているのかわからず、ずっと深い霧に包まれているようだったその頃とは異なり、いまはTitleという店に、こうしてわざわざ本の注文をしてくれる人がいる。よく知ってる人、名前も顔も覚えているけどくわしくは何も知らない人、直接は知らないたくさんの誰か。非常時には違いもはっきりするけど、すでにそこにあったたくさんのつながりもはっきりとする。「コミュニティ」なんて言わないまでも、こうした見えざる手により店は支えられているのだ。店を続ける力って、結局のところそれよりほかに何もない。
今回のおすすめ本
『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』野中モモ 晶文社
いま必要なことは、自分で手を動かし何か作ってみることだ。ことばやイラスト、写真などそれは人によりさまざまだが、不器用なりにも体温があるその本が、その人自身を生き延びさせていく。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
○2024年10月4日(金)ー 2024年10月22日(火)Title2階ギャラリー
柊有花 詩画集『旅の心を取り戻す』(七月堂)の刊行を記念した展示を行います。イラストレーター・詩人として活躍中の柊さんらしい、絵と言葉の展示です。「旅」というテーマで作ったこの本を起点に、さらにイメージが広がる空間が広がります。会場では新刊の詩集のほか、展示に併せて制作されたグッズや、作品の販売も行います。
◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】NEW!!
『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)
◯【お知らせ】NEW!!
我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。
毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間
東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。