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本屋の時間

2020.04.09 公開 ツイート

第83回

それもまた一日 辻山良雄

写真:齋藤陽道

現在Titleは当面19時までの短縮営業、土日は臨時休業にしている(原稿執筆時、4月9日からは臨時休業中)。とはいえ仕事すべてがなくなるわけではないので、休みにした日でも、自転車で店には行くことになる。

不要不急の外出は控えるようにとのお達しが出ているはずだが、家や店のまわりを見る限りでは、とてもそのような切迫した空気は感じられない。公園には変わらず人がいて、お昼時に行列ができるうどん屋さんには、その日も変わらず人の列ができていた。これが庶民感情というものか。その図太さにちょっと笑ってしまったが、店は休みにしてよかったと思った。

 

店にいるあいだは、シャッターは半分開けているが、そうすると中を覗きこむ人がいる。今日は休みですか、図書券を買いにきたんだけど……(もう「図書カード」になってます。おばあちゃん)。今日休みなのを知らなくて……〇〇を買いにきたんだけどあるかな。そのほか本を納品に来た友人、ヤマトのおじさん、何名かの人が扉をノックしては入ってきた。そのつもりではなかったけれど、その日も手元には少しだけ売り上げが残った。

 

WEBに届いていた注文を作り、いくつかのメールに返事をして、帰る前にその日来ていた本を棚に並べた。無心に手を動かすうちに、自分の身体のなかに何かが収まってくる感覚がある。毎日やっていることなのだけど、その日はそれがなつかしく、すべて終わったころには充実感に満たされた。ここがわたしの店で、仕事場なんだ。

外に出ると、ちょうど日が暮れかかっていた。このようなことがなければよい夕暮れ。日があるうちに帰ると、なんだか悪いことをしているような気になってしまう。

公園にいたたくさんの人は、もう誰もいなくなっていた。今年の桜はいつのまにか咲き、人知れず散ってしまった。一生に出合ううちには、そういうことだってあるのだろう。

 

今回のおすすめ本

『のどがかわいた』大阿久佳乃 岬書店

自分がこの歳のころ何を見ていたのだろうと思い返したが、何も思い出せなかった。いま大阿久さんには色んなことが見えていて、それを素直に書くことができる。それはすごいことだ。芯のある、よい文章。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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