
この一カ月のあいだ、店に来る人や仕事上でのメールのやり取りのなかで、お互いを気づかうことばが増えた。店はいま大変ではないですか? わたしも来週から在宅勤務になったので、まずは部屋を片付けないと(笑)……。
確かに三月は大変だった。店が郊外にあるということも大きいと思うが、予想以上に人の来店が多く、WEBSHOPからの本のまとめ買いも相次いだ。具体的に近所の図書館が休館したり、子どもに本を買う親が増えたりということもあったが、どうもそれだけではなさそうだった。
以前、仙台にある「book café 火星の庭」の前野久美子さんから、震災後には岩波文庫の哲学書がよく売れたと聞いたことがあったが、売れる本を見ながらその時のことを思い出した。こんなときでないと読めないからと言いながら、700ページもある精神医学の本を買っていく女性もいたが、それは単に時間ができたからということだけではないと思う。非常時に人は、いま必要な情報を求める一方で、大声で脅かさず、あおりたてることもしない心を鎮めることばを必要とする。彼女は騒がしい状況から身を護るため、その本や書かれたことばを、おまもりのように傍に置きたかったのではないかと想像した。
3月28日、29日の週末には、東京都知事による外出自粛要請が出された。テレビでイタリアをはじめとするヨーロッパの状況を見ていると、彼の地でのコロナウイルスの感染の速さには恐怖を感じたし、日本で同じことが起こらないとは限らない。伝えられている以上に事態は切迫しているのだろうと思った。
その両日店を開けるかどうかは迷ったが、結局二日間は店を臨時休業にした。店を開けていることで心強く思う人がいる一方、遠くからわざわざ人を呼んでしまうことにもつながる(店を開けるということは、暗に「来てください」というメッセージを発することでもある)。店をやっているのに「来ないでください」とは何事かと思われるかもしれないが、わたしはそのとき、店に来ようとする人には家のなかにいてほしかったのだ。
他の店はどうしているかなと思い、同業の個人でやっている本屋のツイッターを覗くと、みなそれぞれ悩みながら決断しているようだった。独立経営は自由だが、ときにその自由は重いものでもあって、何事も決めるのは自分しかいない。たとえどのような決断をしたにせよ、みながそれぞれ自分で考え、それに従って行動していることは心強く、独りではないと思わせてくれたのはうれしいことだった。
店が休みのあいだには、遠方からも近くからも、思わぬ人がWEBSHOPでわざわざ注文をくれた。そこに何かメッセージが書かれている訳ではなかったが、本に限らず物を買うことは、その人が思っている以上に雄弁でもある。それは人を気づかうことばと同じように小さな声かもしれないが、心が揺れて落ち着かないいま、そのぬくもりはとても身にしみる。
今回のおすすめ本
何を書くかという以上に、何を書かないかということに作家の決意を感じる。幼いころの思い出、日常のこころときめかせる出来事。読む人それぞれがなつかしくなる本。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。