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クロスロード凡説

2025.11.19 公開 ポスト

安い店に行こう辻皓平(ニッポンの社長)(お笑い芸人)

大阪に15年ほど住んでから東京に来た身として、よく大阪と東京の違いを聞かれる。
まぁ家賃が高いとか、電車がややこしいとか。

 

色々ある中でまだそこまで出回ってない情報を特別にこの文章を読んでくれている人に差し上げたいと思う。

 

 

それが大阪と東京で「安い物への評価が違う」である。

 

 

まず、「大阪の人は安いもん自慢をする」。
このような事を聞いた事があるだろうか。

 

 

僕も大阪にいたので子供の頃から結構な頻度で、

『これなんぼ?』
『これ○○円やねん!』
『やっすー!! めっちゃええやん! よう見つけたなぁ!』

という会話を聞いたものだ。

 

 

しかしこれが東京だとそうはいかない。

 

 

東京だと、

『これ高そうだね! いくら?』
『これはねぇ、確か○○円くらい』
『うわぁ! 凄い!』
『うん、仕事頑張って買ったんだよ!』

大袈裟に言うとこういう会話になる。

 

 

おそらく大阪の人は「安い割に良い物」、コストパフォーマンスが良い物への評価の割合が多い。
東京の人は「ただただ上質な物」への評価が高い。そしてそれを手に入れる事に出費を惜しまない印象が強い。

 

 

どちらが正しいとかは無く、価値観の違いでどちらも良いともちろん思うのだが、ここからが本題だ。

 

 

飲食店となると話が変わる。

 

 

洋服は自分が買って自分が着るだけだが、飲食店は割り勘もあれば奢りもある。
ここは店選びの時点で東京と大阪の結構な違いを痛感する。

 

 

東京に来て、何人かの友人や後輩らと飲食店に行くと、彼らは僕ら大阪の人間と同じ基準で店を選んでいないのだ。

 

 

僕らの選び方は「安いけど旨い」。

 

 

しかし後輩に店選びを任せると(物価の高さもあるが)
「生ビール850円」とか大阪では考えられない値段のところを予約したりする。

 

 

ケチだと思われるだろうが、昔もっとお金の無い時は生ビールやハイボール1杯の値段で店を決めていたから、今もまだその名残がある。

 

 

そして、これが不思議なのだが、どうやら東京の人はお金が無い頃から良い値段する良い店に行っているらしいのだ。
家賃も高く、売れない時代は同じく全然お金が無いにもかかわらず、その頃にもいわゆる生ビール300円以下の安い店に行っていないのである。

 

 

そしてもう一つ、ここからがこの問題のミソで、

 

 

大阪の人は安い店でいっぱい食べて、酒を飲むのだが、東京の人は高い店で酒だけ飲んで、あまり食べない。

 

 

後輩と飲んでいて『もっと食べたいやつ頼みやー』と何回言っても、『あ、僕はお腹は大丈夫っす。飲む時は食べないんで』と言って、食べ物を頼まない。

 

 

これは我慢や遠慮ではなく、おそらくみんな昔から「空きっ腹で酒を飲む癖」が付いてしまっている。

 

 

これはどういう事なのか。

 

 

大阪に人は安い店に行く事が全く恥ずかしい事だと思ってなく、むしろ安い店を見つけたら誇りに思う事すらあるが、東京の人は安い店に行くと何か大切な物を失う気がして、見栄を張ってでも高い店に行く、でもお金は無いからあまり食べ物は頼まない。

 

 

だから東京にはよく『あんなとこ行くなよ。はしたない』とか『大学生しか行かねえよあんな店』と言う人もいる。

 

 

安い店に行ってしまうとそのランクの人間で終わってしまう。俺はそうじゃない。だから俺はお洒落な店に行くんだ。といったところだろうか。

 

 

ただ大阪の人間は『俺たち大学生より金無いからあの店ほんま助かるなぁ』と言ってありがたく通う。

 

 

こういった文化の違いを感じる。

 

 

何故この話を議題に挙げたのかと言うと、安い店に行く相手がいないのである。

 

 

今は東京に住んでて東京の人とご飯に行く場合はもちろん安い店には行けない。「はしたない」と思われる可能性がある。

 

 

もちろん女性とデートする場合なんかは言うまでもない。(だからといって良い店、高い店に行ってる訳ではなく、いわゆる「普通の店」)

 

 

じゃあこれはどうだと、大阪に帰った時に大阪の人とご飯に行く場合。

 

 

いや、これはこれで職業柄、高い店に行かないと『あれ? あの人仕事の調子悪いんかな』と思われるのだ。

 

 

大阪では昔から仲の良い後輩と行くことが多いので、

『あの人東京行ったけどこんな安い店選んでるって事は……。大丈夫なんかな?』

『そんなにテレビ出てないもんな』

『出てる思たらバッテリィズのエースのバーターみたいな感じの時あるよな』

『ネットニュースで流れて来る時、悪い感じの記事ばっかりやもんな』

『TENGA茶屋のラジオはおもろいけどな』

『あれはケンコバさんと紗倉まなさんがおもろいだけか』

 

と、こう思われるのである。

 

 

安い店には、まず東京の人とは行けない、大阪の後輩とも行けない。

 

 

となると唯一まだ行ける可能性があるとしたら「大阪にいる割り勘をする関係の相手」だが、それはそれで僕らの事務所ではなかなかいない。

 

 

吉本興業は先輩が全部奢る、後輩は奢ってもらうと決まっているので、割り勘をするのは同期しかいないのだが、その肝心な僕の同期が異常に少ない。

 

 

他の期と比べると異常に少なくて、大阪にはほぼ同期が残っておらず、みんな引退してしまっている。「大阪NSC32期卒業生」で調べてみてほしい。僕らの期だけ少ないはずだ。

 

 

僕は安い店に行きたい。一人で行くのもありだが、誰かと行きたいのだ。誰かとこそ安い店に行きたいのだ。

 

 

昨今、マッチングアプリが流行っており、既婚者同士が出会うマッチングアプリすらもあったりするが、僕はもし「割り勘で安い店に行く相手を探すマッチングアプリ」があったら登録してしまいそうな勢いである。

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クロスロード凡説

「ネタにはしてこなかった。でも、なぜか心に引っかかっていた。」
そんな出来事を、リアルとフィクションの間で、書き起こす。

始まりはリアル、着地はフィクションの新感覚エッセイ。
“日常のひっかかり”から、縦横無尽にフィクションがクロスしていく。

「コント」や「漫才」では収まらない深掘りと、妄想・言い訳・勝手な解釈が加わった「凡」説は、二転三転の末、伝説のストーリーへ……!?

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辻皓平(ニッポンの社長) お笑い芸人

1986年、京都府生まれ。

お笑いコンビ「ニッポンの社長」として、コントと漫才の“二刀流”で独自の笑いを追求。
漫才&コント二刀流No.1決定戦「ダブルインパクト」初代王者。
コント日本一を決める「キングオブコント」では、2020年から5年連続で決勝進出を果たす。

本コラムでは、日常の出来事に自由な解釈や言い訳、妄想を重ねながら、舞台とはまた違った角度で物語を綴る。
コントと漫才、どちらのネタも手がける著者が、言葉を操る“三刀流”として、文章の世界に挑む。

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