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「アイネクライネナハトムジーク」絶賛上映中

2019.10.15 更新 ツイート

恋愛小説であり、友愛小説でもある伊坂作品からの贈りもの吉田大助

今となっては当たり前すぎて、わざわざ言及するまでもないとされているかもしれないが、伊坂幸太郎は友愛の小説家だ。

登場人物が老若男女さまざまな組み合わせで関係を結び、あの人とこの人が、過去と現在、未来において、あんなところでこんなふうに繋(つな)がる。それはミステリーのトリックが発動する瞬間であると同時に、ドラマがもっとも高揚する瞬間だ。そうした奇跡の瞬間を、伊坂幸太郎は次々に出現させてきた。ところが、各作品にはさまざまな人間関係のバリエーションが召喚されているものの、多くの場合、恋愛関係だけが間引かれている。さきほど挙げた友愛という言葉は定義上、友情はもちろん、人類みな兄弟……という兄弟愛などの意味も含まれている。含まれていないものが、そう。恋愛だ。

伊坂作品における恋愛キャンセリングシステムは、『ゴールデンスランバー』(二〇〇七年一一月単行本刊/新潮文庫)においてもっとも象徴的に作動している。ハリウッド映画の定番である逃亡者モノを、パラレルワールドの仙台を舞台に、どストレートに描き出した本作は、首相暗殺の濡衣を着せられた青柳雅春が主人公だ。彼の窮地を救うのはやはり、人と人との時空を越えた繋がりなのだが、キーとなるのが元恋人・樋口晴子との関係だ。彼女は一人娘の七美と共に行動し、パズルの重要なピースを埋める。

もしも本作が本当にハリウッド映画ならば——大衆受けすることを第一義に作られたエンターテインメントだったならば、主人公の青柳と樋口晴子を直接出会わせるだろう。二人の間で恋愛感情が再燃する可能性を示し、読者に期待させることで、物語への感情移入を高めることができるからだ。それゆえ必然的に、樋口晴子の人物設定はシングルマザーとなる。絶対に。ところが! 二人は出会わないばかりか、彼女には普通に、夫がいる。大阪へ出張している夫と電話でお喋りし、ちまたを賑わせている逃亡犯が元恋人であることも、あっけらかんと二人の間で話題に上る。かくして、恋愛再燃の可能性がキャンセルされる。青柳と樋口晴子の関係性に漂うぬくもりは、友愛のそれだ。

伊坂は『オール讀物』二〇〇四年五月号に発表した「わが心の恋愛映画 フィッシャー・キング」と題する小さなエッセイで、「白状してしまうと僕は、恋愛小説や恋愛映画などには疎い」と記している。その一篇が収録された『3652 伊坂幸太郎エッセイ集』(二〇一二年一二月単行本刊/新潮文庫)の欄外コメントで、自身の創作に引き付けてさらなる説明を加える。「昔はフィクションで恋愛を扱うことにあまり興味がなかったんです。みんなが興味を持つ恋愛は、料理でいえば、肉みたいな存在だと思っていました。肉が入っていれば、その料理はうまいに決まってるよ、と。だったら、肉が入っていない美味しい料理を作る方がかっこいいと考えちゃって(笑)。いまは少し変わってきて、肉料理を作るにしても、焼き加減や味付けとか、いろんな技術が必要なんだな、と思います」。

肉は、うまい。満足感がある。誰もが味わったことのあるものだから、食べる前からなんとなく味が想像できるし、これさえあれば料理人も客も安心できる。だからこそ、コース料理では必ずメインで提供される。その食材を、間引け。そんな指令を受けたら、料理人はどうするだろう? 他の食材で肉に匹敵する満足感を与えられるよう、知恵を絞るだろう。コース料理ならば全体の構成を見直し、メインの一皿ではなく、すべての皿が輝くよう工夫を凝らすだろう。伊坂作品で起こっていることも、そういうことだ。人間関係が恋愛へと傾く要素をキャンセルすることで、それ以外の、あらゆる関係性を活性化させる。

ここからが本題だ。伊坂幸太郎は、友愛の小説家である。しかし、彼は幾度か、「恋愛小説」を発表している。

最初のトライアルは、男性作家六人による恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』に書き下ろした短編「透明ポーラーベア」(二〇〇五年七月単行本刊/祥伝社文庫)だ。「弟と、姉の彼氏」という独特な関係性を見つめ、恋愛は、恋愛感情によるものではない人と人との親密な繋がり——友愛もまた生み出すのだと、ミステリーの意外なサプライズと共に記している。

実はこの短編の発表前後にも、恋愛を題材に取り入れた小説は発表されている。「恋愛で死神」(『死神の精度』収録。二〇〇五年六月単行本刊/文春文庫)、「冬眠のガール」(『終末のフール』収録。二〇〇六年三月単行本刊/集英社文庫)、「卵を割らなければ、オムレツを作ることはできない」(『陽気なギャングの日常と襲撃』収録。二〇〇六年五月新書判刊/祥伝社文庫)などだ。いずれも連作短編のバリエーションのひとつとして、恋愛関係が導入されている。しかし、恋愛小説とは「恋愛とは何か、が主題化された小説」だとすれば、枠からは少し外れる。

その定義からみた時、第二の「恋愛小説」と言えるのが、本書の冒頭に収録された一篇「アイネクライネ」だ(『パピルス』二〇〇七年四月号掲載)。あとがきにも記されているが、この短編の執筆は、ミュージシャンの斉藤和義から作詞の依頼を受けたことに端を発する。企画中のラブソングアルバム『紅盤』(二〇〇七年三月リリース)に収録する、「出会い」をテーマにした詞を書いてほしいという依頼だった。伊坂は、斉藤和義の大ファンだ。各種メディアで公言していたその情報を先方がキャッチして、関係が繋がったのだ。「作詞はできないので小説を書くことならば」。その小説を、斉藤和義は歌詞へと移し替えた。完成した楽曲『ベリー ベリー ストロング ~アイネクライネ~』は、「作詞:斉藤和義、伊坂幸太郎」とクレジットされている。

正真正銘、「出会い」の物語だ。伊坂作品の醍醐味はグッとくる台詞の数々だが、本作では他に類をみないほど、恋愛絡みの名言が続出する。例えば、家と会社を往復するだけの毎日で「なかなか、出会いがなくて」と嘆く主人公(「僕」)に対し、大学以来の悪友・一真は言う。「俺、出会いがないって理由が一番嫌いなんだよ」。さらに詰め寄る。「ようするに、外見が良くて、性格もおまえの好みで、年齢もそこそこ、しかもなぜか彼氏がいない女が、自分の目の前に現われてこねえかなって、そういうことだろ?」「どんな確率だよ。ドラえもんが僕の机から出てこないかな、ってのと一緒だろうが」。……一緒だったのか 一真の批判は、世間に蔓延(まんえん)する「劇的な出会い」幻想へと飛び火する。「劇的」を期待していると、ありふれた、なにげない出会いは貧しいものであると見積もってしまう。スルーしてしまう。取りこぼしてしまう。他にもさまざまな人から受け取った言葉が「僕」の中に蓄積されていった先で、ある女性の笑顔を引き出すためのパスワードを発することに成功する。そして、「出会い」が生まれる。

続く第二篇「ライトヘビー」は、この「出会い」の路線を正統に受け継ぐ短編だ。『ベリー ベリー ストロング ~アイネクライネ~』がシングルカットされることになり(二〇〇七年六月リリース)、CDの初回限定版特典として書き下ろされた。主人公は、二七歳の美容師・美奈子(「わたし」)。友人付き合いをしている常連客の板橋香澄から、弟の学を恋人候補にどうかと推薦される。強引に「出会い」を演出された二人は、実際に会うことはせず、長電話のおしゃべりだけでお互いの存在を感じ合う時間を過ごす。

恋愛とは、何か。仲のいい異性の友人で留まらず、恋人同士でありたいという気持ちは、何なのか。この相手で間違ってないか? 悩む美奈子の前に、「アイネクライネ」にも登場していた織田夫婦が現れる。高校時代の同級生である由美に対して、一真というダメ男の何を好きになったのかと尋ねると、「うまく言えないけど、あの旦那とわたしと子供たちの組み合わせがね、わたしは結構好きなんだよ」。その言葉は、「アイネクライネ」の中で彼女が語っていた言葉とシンクロする。「これが出会いだ、ってその瞬間に感じるんじゃなくて、後でね、思い返して、分かるもの」。

それが「最高」の出会いかどうか、相手が「運命」のひとかどうか、「ベリーベリーストロング」な繋がりを持てるかどうかは、事前には分からない。出会って恋をして、そればかりか結婚して子供をもうけて……たくさんの時間を積み重ねていった先でやっと、それが分かるのだ。由美からバトンパスされた思いが、美奈子の心境をほんのり変える。かつてはあれほど嫌がっていた「劇的」で「ヘビー」な告白も、受け入れられるようになる。「出会い」を待つのではなく、「信じる」ことを選ぶ。

人生における選択とは、個人の意志だけでおこなわれるものではない。人間関係のそれぞれから少しずつ価値観や勇気をもらい、自分が持ち得た繋がりの全部を使って、人は何かを選ぶ。「アイネクライネ」と「ライトヘビー」の主人公は、そのことを教えてくれる。この二篇は紛れもなく、「恋愛小説」である。と同時に、人と人との繋がりの不思議と奇跡を描く「友愛小説」でもあるのだ。

いや、もしも冒頭の二篇で本を閉じてしまったら、「恋愛小説」の印象をダイレクトに受け取ってしまうかもしれない。だが、第三篇「ドクメンタ」、第四篇「ルックスライク」、第五篇「メイクアップ」と読み継いでいくことで、印象は変わる。後ろへ進むごとに「恋愛」から「友愛」へと重点がスライドし、やがて時空を越えてあらゆる関係が繋がっていく最終第六篇「ナハトムジーク」を読み終えた時、冒頭の二篇が実は「友愛小説」だったと気付かされることになるはずだ。読み終えた後で再び冒頭から読み返したならば絶対、確実に。単体としての完成度だけでなく、隣り合う前後の短編や全体の印象から、「関係」の中から、個々の魅力が決定付けられる——連作短編集ならではの楽しみもまた、友愛の小説家はプレゼントしてくれる。

本書の刊行後も、伊坂幸太郎は折にふれて、恋愛を題材にした小説を発表している。小説誌の「最後の恋」特集に寄稿した「僕の舟」(『首折り男のための協奏曲』収録。二〇一四年一月単行本刊/新潮文庫)などだ。この一篇に限らず、デビュー作『オーデュボンの祈り』(二〇〇〇年一二月単行本刊/新潮文庫)から最新小説『AX アックス』(二〇一七年七月単行本刊/KADOKAWA)に至るまで、伊坂作品における恋愛関係の「出会い」は必ず、「別れ」という確定した未来と共に語られる——そのルール設定にはこの作家ならではの、熱さと冷たさ、楽観と悲観のバランス感覚が宿っている。

でも、いつかまた『アイネクライネナハトムジーク』で描かれたような、現在進行形の「出会い」を書いてほしい。恋愛で、友愛な小説を。そこで記された言葉達はきっとまた、読者の夜に忍び込んで、朝を待ち遠しくさせる素敵な音楽を響かせてくれるはずだから。

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伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』

妻に出て行かれたサラリーマン、声しか知らない相手に恋する美容師、元いじめっ子と再会してしまったOL……。人生は、いつも楽しいことばかりじゃない。でも、運転免許センターで、リビングで、駐輪場で、奇跡は起こる。情けなくも愛おしい登場人物たちが仕掛ける、不器用な駆け引きの数々。明日がきっと楽しくなる、魔法のような連作短編集。

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「アイネクライネナハトムジーク」絶賛上映中

9月20日全国ロードショー!!

“出会いがない”というすべての人へ――10年の時を越えてつながる〈恋〉と〈出会い〉の物語

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