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本屋の時間

2019.09.15 公開 ツイート

第68回

いまわたし(たち)が直面している〈貧しさ〉について 辻山良雄

撮影/齋藤陽道

最近ではテレビのニュースを見ても、ツイッターのタイムラインを眺めても、こころ冷えることばかりであり、無意識に気持ちがとじこもりがちになる(こうしたとき、趣味が読書というのは都合がよい)。

Titleは開店して来年で5年目を迎えるが、急速に世のなかを覆いはじめた〈貧しさ〉と無関係ではいられなくなった。貧しさといえば、まずはお金のことを想像されるかもしれないが、ここではそれに関して触れない。むしろささいなことに〈貧しさ〉の芽はあり、本屋において、知らない本に触ろうとしない人が増えたことは、その表れの一つだと思う。

 

 

本でも映画でも、旅先の風景でもそうかもしれないが、一般に知識と体験の量が増えるにつれ、同じものを見たときの、理解できる箇所は増えてくる。

それに対して、「聞いたことのない本だから」と、未知のものに触れることをやめてしまえば、その人に見える世界は段々と狭まってくる。それはまさに、日常の様々な場面で見られることでもあり、この社会が経済や効率を優先し、そこに含まれないものは切り捨ててきた結果、人の思考は単純化しつつある。
 

(写真:iStock.com/hyejin kang)

本はもともと、こうした〈貧しさ〉とは対極にあるものだ。ある本をきっかけにして、世界がそれまでとはまったく違って見えるという経験をした人もいるかもしれないが、それはその本により知らなかった知識や感情が刺激され、世界の解像度が高まったことによる。

本の世界に利便性が持ち込まれると、人の情緒に触れ、読む人を根本から変えていくような本は軽視される。その代わりに、コンビニエントで理解しやすい本の需要が高まるが、簡単に得た知識は忘れ去られるのも早く、その人の興味を押し広げることにはつながらない。便利だが貧しいという社会の状況に、本を取り巻く世界も飲み込まれているように思う。

 

たとえ知らなくても、少しでも興味を惹かれた本があれば、まずはその本に触ってみることだ。触っているうちに、ただの紙の束にしか見えなかった物体は、〈本〉として認識されるようになる。そうした未知の本こそがその人自身、引いては世界を豊かにする。本屋の本棚に知らない本が並んでいることは、〈壁〉を意味するものではなく、世界の豊かさを示している。

 

 

今回のおすすめ本

『現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。』吉岡乾・著 マメイケダ・イラスト 創元社

著者は小さな言語を求めて、実際にパキスタン・インドの山奥に入る、あまのじゃくな言語学者。文章はサービス精神に溢れ、新たな発見に驚きつつも、世界を覆う単一なグローバリズム的価値観には「ノン」という。真に熱いとは、このような人のことをいうのだろう。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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