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本屋の時間

2019.09.01 公開 ポスト

第67回

理想の〈書斎〉は?辻山良雄


先日、白洲次郎・正子夫妻の旧邸である「武相荘(ぶあいそう)」を訪れた。以前は農家だったという敷地内の建物はショップやレストランに改装され、ミュージアムとなっている母屋には、二人が集めた調度品や骨董がところ狭しと並べられていた。

そこだけ見て帰ったとすれば、洗練されたよい趣味の、お金持ちの家を見たという印象で終わったかもしれない。しかし母屋の一番奥には、突き出るような恰好で天井が低くなっている一室があり、そこが白洲正子の書斎であった。

 

 

部屋は一つの方向にだけ窓が開いており、窓の前に置かれた小さな机を見ていると、吸いこまれそうになり目が離せなくなった。多くの客を迎えたであろうほかの部屋とは異なり、正子の書斎にはプライベートな空気がたちこめ、濃密な〈異空間〉として隔絶している(もちろん部屋自体は繋がっており、襖ひとつ隔てただけである)。

その部屋の小ささは正子にとって、身体の延長のように感じられたのかもしれない。数多くの作品を生み出した部屋は小さなものではあったが、世間からは遮断されているため、思う存分自らの内に没入できたのだろう。無から永遠を生む、作家の創作の秘密を垣間見たようであったが、この書斎は「本を読むこと」ひとつを取っても、理想的な空間だと思った。

 

前回、本屋は情報からわが身を遮断する、街のシェルターのようなものだと書いたが(第66回「街のシェルター」)、できるならば本を読むときも、そうした隔離された空間で読むことが望ましい。世間からは隔絶し、そこで価値の転換が行われる〈書斎〉という宇宙からたぐり寄せられたことばは、静かな環境でそれと向き合ったときこそ、そのほんとうの意味が腑に落ちるからだ。

「言うは易く……」であるかもしれないが、書斎とは本来どのような空間であるのかについて気づかされた、忘れがたい部屋だった。

 

 

今回のおすすめ本

『ガンツウ|gunt』堀部安嗣・著 鈴木研一・写真 millegraph

海の上をゆっくりと進む〈建築〉。ガンツウは瀬戸内を縫うように走り、その魅力を再発見する客船だが、その景観を取り込むことは行っても、決してそれを邪魔することはしない。

場の力を最大限に活かした、驚くべきパッシブデザイン。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年9月20日(金)~ 2024年9月30日(月)Title2階ギャラリー

木村肇「嘘の家族」刊行記念展

「なぜ自分の家族の作品を作るのか?」写真家木村肇の写真とインタビューで、作品制作の背景をたどった書籍「嘘の家族」の刊行を記念して、写真展を開催します。早くに亡くなった両親の存在を隠し続けてきた作家が、実家の部屋をギャラリースペースに再現し、嘘か本当か、曖昧な家族の記憶を行き来するような作品を展示します。
 

 

◯【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
 

【書評】NEW!!

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

『うたたねの地図 百年の夏休み』岡野大嗣(実業之日本社)ーー〈そのもの〉として描かれた景色が、普遍の時間へと回帰していく瞬間 [評]辻山良雄
(Webジェイ・ノベル 掲載)

 

【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(2)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第2回が更新されました。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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