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本屋の時間

2019.08.01 公開 ツイート

第66回

街のシェルター 辻山良雄

(写真:iStock.com/last19)

本屋は、基本的には〈うるさい〉場所である。それは何も、店のなかで騒いでいる人がいるということではなく、1冊の本が内包する声が店のそこかしこから聞こえてくるため、心を乱されてしまう力だってあるということだ。

しかし、そのような人の内面に語りかける声はあるにせよ、多くの本屋では静けさが保たれている。Titleでも話しながら店に入ってきた人たちが、入店した瞬間に黙りこんでしまう光景をよく見かける。並んでいる本を目にすると、自然と人は口をつぐんでしまうようだ。

 


本のもつそのような両義性を、かねてから面白く思っていたのだが、先日建築家の堀部安嗣さんに話をうかがう機会があり、そのとき読んだ本のなかに、我が意を得たりということばを見つけた。
 

「今の時代、図書館の最も重要な役割は街で浴びた情報から自らを避難させ、情報を洗い落とすところにあるといっていいかもしれないし、今後そのような役割が重視されてゆくような気がする」

(松原隆一郎 堀部安嗣『書庫を建てる 1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』新潮社)


社会経済学者である松原隆一郎さんの、「1万冊の本と仏壇を収める書庫を設計してほしい」という求めに対し、堀部さんはコンクリートのなかに2本の円柱をくり抜くという離れ技で応じた。その工法は、静謐でありながら機能的な空間を実現させたのだが、この本ではそれを発展させた図書館のプランが提示されている。

何もしていなくても、スマートフォンから大量の情報が入ってきてしまう現在では、自らの体を別の論理で動いている場所に置かないと、意識しなくてもその情報と体が勝手に繋がってしまう。本屋に並べられた1冊の本自体、1つの情報ではあるのだが、それは同時に遠い過去や異国から届いた声でもあって、直接〈いま・ここ〉に根差すものではない。

遠いところから聞こえてくる声を聞くとき、人は自然と心を鎮め、そこに向けて体全体を傾ける姿勢になる。古典と言われる本が意識的に並べられている店では、表層を漂う情報は遮断され、これまで人間が積み重ねてきた時間に根ざした力が働くため、人は自然と「本来のその人」に帰っていく感覚に陥るのである。
 

この社会でたえず〈ことば〉に晒され疲れたなと思ったら、ひとり本屋に行くことをおすすめする。同じことばであってもまったく違う質の体験が、そこにあるからだ。

 

*次回の「本屋の時間」は9月1日の更新予定です(夏休みのため、一回休載します)。

 

今回のおすすめ本

『ランベルマイユコーヒー店』オクノ修・詩 nakaban・絵 ちいさいミシマ社

京都の珈琲店・六曜社のマスターにてシンガーソングライター、オクノ修の名曲に魅せられた画家は、いつかその美しい歌を絵に描きたいと望んでいた。夜が明け朝が来て、街にはコーヒーの香りが立ち込める。大切な時間を描きこんだ、それ自体が詩のような一冊。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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