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本屋の時間

2019.07.15 更新 ツイート

第65回

農夫の手 辻山良雄


展示期間の最終日、奥山さんが目のまえに現れたときは、なつかしい人と思いがけず出会ったようにとまどってしまった。3週間まえにも会ったばかりであり、その時間店に来ることも、あらかじめわかっていたはずなのだが……。

展示が行われていた6月のあいだ、写真家で展示の企画者でもある奥山淳志さんとは、毎日店で会っているような気がしていた。黄色や暖色系の色が多い「弁造さん」の絵は、わたしがいる書店の階段を上がった2階に飾られており、それらの絵の後ろには、いつも奥山さんの視線があった。そして何より、奥山さんが書いた『庭とエスキース』(みすず書房)の余韻が、身体中をずっと包み込んでいた。

 


『庭とエスキース』で奥山さんは、北海道・新十津川町の丸太小屋で自給自足の生活を営む「弁造さん」のもとを、弁造さんが亡くなるまでの14年にわたり訪れている。弁造さんは自給自足を可能にする「庭」を作る一方で、若いころから絵描きになるという夢を持ち続けており、女性や母と子の姿を描いた穏やかな絵をずっと描き続けていた(そしてそれらの絵は、一枚を除いて完成することはなかった)。この度の展示は、弁造さんが生前果たせなかった「個展をしたい」という望みを、かたちにするものでもあった。

10年以上の長きにわたり、自宅のある岩手県雫石町から北海道に通い続けるのも根気のいることだが、いまの時点から振り返り、弁造さんという人物がいたことを一本の糸のように紡ぎ出す、奥山さんが書く文章の足腰の強さにも驚嘆した。それは同じテーマが何度も変奏され、その都度印象を変えながら強度を増していく、終わることのない楽曲のようでもあった。
 


その日の夜はトークイベントを行い、終了後は荻窪駅近くで打ち上げをした。その席上、以前から思っていたことを口にした。

奥山さんには、農夫のような印象があるんですよね。

奥山さんはあまりピンとこなかったようで、農夫ですか、うーん……と考えこみ、その話はそこで流れてしまったのだが、わたしにはその考えこむ姿が農夫そのもののように見えた。調子を変えずにゆっくりと話すリズムは、土に鍬を入れるようだし、書く文章にもその息継ぎや着実さは残っているように思う。そして何よりも、初対面のときに印象に残った〈大きな手〉が、土を触り慣れている人の手のように見えたのだった。

定休日の翌日、搬出のため店まで出かけた。作業が終わったあと、奥山さんと『庭とエスキース』の担当編集者である小川純子さんと三人で、環八沿いにある中華食堂まで歩いていき、昼ごはんを食べた(我々は全員72年生まれだったので、みすず書房の守田社長からは「花の72年トリオ」と呼ばれていた)。そこでもまた多くの話をして店まで戻り、奥山さんと小川さんは車で次の場所へと向かっていった。

まったく幸せな午後であり、別れる際に奥山さんと握手をしたが、やはり大きくて篤実な手だと思った。

 

 

今回のおすすめ本

『YURIKO TAIJUN HANA 武田百合子『富士日記』の4426日 (1)』ミズモトアキラ

名作『富士日記』をあらゆる角度から読む。書かれた当時に思いを巡らし、調べることは何かを明らかにする。「読む」こと自体が、創造的な行為であることを証明した一冊。

 

 

◯反響多々!! 連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。



◯2022年1月13日(木)~ 2022年2月3日(木)Title2階ギャラリー

 浅生ハルミン『江戸・ザ・マニア』刊行記念 趣味はこうして受け継がれる-「ずっとの趣味」の達人たち

「盆栽」「金魚」「古地図」などなど、江戸っ子たちがハマって、エスカレートした趣味の世界。現代でもそれらを楽しむ“マニア”な方々にその魅力を聞いたイラストルポ『江戸ザマニア』。取材の中で浅生ハルミンさんが感じた、趣味の達人たちの「好き」の熱量を、本には掲載できなかった写真や資料と一緒にご紹介します。

◯2022年2月5日(土)~ 2022年2月22日(火)Title2階ギャラリー

ほっきょくでうしをうつ
阿部海太原画展『ほっきょくでうしをうつ』刊行記念

「はらがへった……どこかに えものになる どうぶつは いないのか」極限の地で出会ったのは、ジャコウウシの群れだった。探検家・角幡唯介の実体験を、画家・阿部海太が大胆に絵本化した1作。本展では油彩で描かれた絵本原画全点の展示に加え、描きおろし作品数点の展示販売も予定しています。


◯【書評】
『障害をしゃべろう! 上・下』里見喜久夫編(青土社)
たのもしい「生きよう」とする力  評/辻山良雄


連載「私の好きな中公文庫」
もう20年以上ずっと頭のどこかにある本 辻山良雄

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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