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おしゃれ嫌い

2019.08.10 更新 ツイート

ユニクロはおしゃれに疲れた人たちの救世主だった米澤泉

ユニクロがここまで普及した理由は、服は特別なもの、おしゃれは難しいという思い込みを解き、服で個性を競うことに疲れた人々の心を掴んだから。これまで指摘されることのなかったユニクロのメッセージと消費の変化を気鋭の社会学者が『おしゃれ嫌い~私たちがユニクロを選ぶ本当の理由~』で鮮やかに読み解きます。

 

ファッションの魔法を解いたユニクロ

カジュアル衣料品店「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」が「ユニクロ」に名を改めたのが、1988年のことである。DCブランドブームがちょうど終わりを告げ、着る物よりも着る者が重視されつつある頃だった。人々の目はベーシックな普通の服に向き始めていた。この波に乗ったユニクロは、店舗数を次々と増やし、100店舗を超えた1994年には広島証券取引所に株式上場を果たすまでに成長する。

言うまでもなく、これはユニクロの序章にすぎなかった。90年代の後半になると、破竹の勢いで日本中を席巻し、一人一着という具合にフリースを「国民服」のように定着させるに至った。おじいちゃんから孫まで誰でも着られるユニクロ。暖かくて、軽くて、コストパフォーマンスにも優れているユニクロ。カラーバリエーションもアイテムも充実しているユニクロ。どこででも買えるユニクロ。かつてこんな服が存在しただろうか。

 

もちろん、そんな服は今までになかった。だからこそ、ユニクロは「国民服」になりえたのだ。誰よりもユニクロ自身がそのことに自覚的である。

ユニクロの服は「カジュアル」です。「カジュアル」は年齢も性別も選びません。国籍や職業や学歴など、人間を区別してきたあらゆるものを超える、みんなの服です。活動的に、快適に生きようとするすべての人に必要な服です。服はシンプルな方がいい。私たちが作る服は、着る人自身のスタイルが見えてくる服であってほしいと思います。(ユニクロ2000年秋・カタログ)

いかがだろうか。素晴らしすぎて文句のつけようがないのではないか。この崇高な理念に基づくマニフェストが書かれたのは、2000年秋のことだった。DCブランド全盛期、それに続くインポートブランドブームに沸いたバブルの時代を経て、着ることにすっかり疲れ果てた人々の前に、ユニクロはまるで救世主のように現れたのだ。

ユニクロのフリース。それはまるで、80年代以降の服にかけられた魔法を解く呪文のようなものだ。

「人間を区別してきたあらゆるものを超える、みんなの服」

「服はシンプルな方がいい」

もう無理をして個性的な服を着る必要はない。差異化のために大枚をはたく必要はない。着ることに思い煩うな。現実を見よ。そこにユニクロ(リアル)のフリース(クローズ)があるではないか。

馬車をカボチャに戻すように、ドレスを日常着に戻すように、個性的で過剰な服をリアルクローズに戻したこと、それがユニクロの功績である。ファッションビルという特別な舞台ではなく、駅やコンビニで買えるペットボトル飲料のように売られてこそ、リアルな服なのである。「活動的に、快適に生きようとするすべての人に必要な服」は、肉や魚、おにぎりや栄養ドリンクや生理用品と同じように売られなければならない。そう、新聞の折り込みチラシで、スーパーやドラッグストアに交じって宣伝されてこそ、「みんなの服」と言えるのである。

一億総ユニクロ化。ユニクロの戦略は成功し、人々はみなユニクロを着るようになった。哲学者の鷲田清一も、当時のユニクロを高く評価している。

そしていま、デザイン・製造・販売をすべて自社でおこなうユニクロのような会社ができて、ああ、基本的なアイテムならこんなに安く作れるんだとみんなが驚いています。服も店内の装備もよけいなものはぜんぶ削ぎ落として、色も形も現代のベーシックに徹して、ほとんど生成に近い感覚で、そしてそれをほかのお気に入りの服と合わせるといった着方ができるようになっています。おしゃれなひとなら前からしていたことですが。ぼくが気に入った雨傘は、なんと六九〇円でした。男女・年齢・趣味を問わないというところが、なんかさわやかな気がします。個人主義のベースという感じすらします。これが消費者がかしこくなる一歩だったらいいのに、とおもいます。(鷲田清一『てつがくを着て、まちを歩こう』同朋舎)

だが、鷲田が望んだような状態になるには、それから10年以上は待たねばならなかった。当時の消費者はまだそれほど「おしゃれ」でもなく、「かしこく」もなかった。人々がユニクロを着るようになったのは、ユニクロの崇高な理念に賛同したからというよりも、「たかが服じゃないか」ということに気づいたからである。「うまい、やすい、はやい」牛丼の吉野家があるように、「うまい、やすい、はやい」服がある。それがユニクロだ。

おしゃれじゃなくちゃいけないという世間の常識にすっかり疲れてしまった人、あるいはもともとついていけない人たちが、ユニクロに飛びついたのはまったく頷ける成り行きだったのかもしれないってこと。お金も頭も使いたくない。たかが服じゃないか。ユニクロでいいじゃない。安いしさ。アイテムが少ないからコーディネートに迷うこともないし、とりあえずサマになってるし。とにかく上から下まで揃えられる。そんな気持ちかな。(高橋直子『お洋服のちから』朝日新聞社)

「ユニクロでいいじゃない」と人々は口にし始めた。服は所詮そんなものなのだ。今までの服が魔法にかけられていただけなのだ。私たちは「服は特別」だと思わされていたのだ。しかし、バブルもはじけて、みんなすっかり目が覚めた。たかが服なのだ。魔法を解かれた服は、本や雑誌、パソコンやエアコンと同じように売られ、買われていくようになった。

家電量販店のビックカメラとユニクロの共同店舗である「ビックロ」が新宿東口に開店したのは2012年のことであるが、今では誰も家電と服が同じフロアで売られることに疑問を抱かなくなった。「素晴らしいゴチャゴチャ感」というコンセプトのもとに、ビックカメラとユニクロの一体感を強調した店づくりによって、東京の新名所と言われるまでになっている。

服だけが特別な空間で、ハウスマヌカンという名の店員によって恭(うやうや)しく売られていた時代は遠い過去になった。

*続きは『おしゃれ嫌い~私たちがユニクロを選ぶ本当の理由~』をご覧ください。

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関連書籍

米澤泉『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』

日本の国民服となったユニクロ。長く無視していたファッション誌も今ではユニクロの虜だ。ここまで普及した理由は、服は特別なもの、おしゃれは難しいという思い込みを解き、服で個性を競うことに疲れた人々の心を掴んだから。もう誰もが服に余計なお金も時間も使いたくない。ユニクロはその変化にいち早く気づき、「見た目」をよくするための服ではなく、「くらし」をよくするための服を提案し続けてきた。それは世界をも席巻している。これまで指摘されることのなかったユニクロのメッセージと消費の変化を気鋭の社会学者が鮮やかに読み解く。

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米澤泉

甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授。1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』など著書多数。

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