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本屋の時間

2019.05.15 公開 ツイート

第61回

ごめんなさいと思うこと 辻山良雄

(写真:iStock.com/Tim Allen)

新しい本を仕入れるときは、この人とこの人は買いそうだなと、具体的な顔を思い浮かべながら大体の数を決めることが多い。もちろん本屋はTitleだけではないので、そう思った人が必ずしも買ってくれるとは限らないが、その人を想像して仕入れた本が、思った通りの人に渡っていくことは、ちょっとした快感でもある。

 

 

先日、木皿泉の小説が発売になった。この本面白いですよと、文庫になった『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日のパン』を人にすすめたことも多く、書評で採り上げたこともある作家なので、店には当然並べたい本であった。

Titleでは、事前に指定を申し込んだ出版社の本は、発売日に希望の数が入ってくるが、それができない出版社の本は、すべて後追いの注文になる。今回の木皿泉の新刊も発売日に入荷はなく、店に入ってくるのは早くても何日かあとだ。

そんなとき、以前に「昨夜のカレー」も『さざなみのよる』も買って頂いたNさんの姿を、店内で見かけた。あー、いま木皿さんの本ないなと思っていると、彼女は別の本を手にしてレジで会計を済ませ、何も言わずに帰っていった。

それから数日して、新刊の『カゲロボ』が店に届いた。すぐに買うのは数人かと思ったので、とりあえず3冊。Nさんのことも頭によぎり、1冊取っておこうかなと思ったが、特に取り置きを希望されたわけではなく、他の店ですでに購入されているかもしれないので、そのまま3冊店に出した。

出した日に1冊が売れ、その翌日にも1冊売れた。もう1冊しかないよ、Nさん早く来ないかな(在庫があるときに一回でも店に来てくれれば、その人に対する義理は果たしたと納得できる)と思っていると、それから数日後に棚に差した最後の1冊が売れてしまった。

 

Nさんが次に来店したのは、その日の夜のこと。結構長い時間店内の棚を見ていた彼女はレジまでやってきて、「そういえば、木皿泉さんの新刊が出たそうなのですが、いま店にはないでしょうか」と丁寧に尋ねられた。いや本当にごめんなさいと思うのは、こんなときだ。

 

今回のおすすめ本

『かがくのとものもと』かがくのとも編集部 福音館書店

子どものころ、虫捕りや川遊びのあとには、家にあった図鑑や絵本を眺めなおした。そこに描かれていた生きものはいなくとも、その本からは、世界のおおきさが充分に想像できた。
「かがくのとも」50周年記念で、編まれた一冊。改めてみても名作ぞろいだ。

 

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

○2024年4月12日(金)~ 2024年5月6日(月)Title2階ギャラリー

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ原画展

科学者、詩人、活動家、作家、スパイ、彫刻家etc.「歴史上」おおく不当に不遇であった彼女たちの横顔(プロフィール)を拾い上げ、未来へとつないでいく、やさしくたけだけしい闘いの記録、『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』が筑摩書房より刊行されました。同書の刊行を記念して、原画展を開催。本に描かれましたたリーゼ・マイトナー、長谷川テル、ミレヴァ・マリッチ、ラジウム・ガールズ、エミリー・デイヴィソンの葬列を組む女たちの肖像画をはじめ、エミリー・ディキンスンの庭の植物ドローイングなど、原画を展示・販売いたします。
 

 

【書評】New!!

『涙にも国籍はあるのでしょうか―津波で亡くなった外国人をたどって―』(新潮社)[評]辻山良雄
ーー震災で3人の子供を失い、絶望した男性の心を救った米国人女性の遺志 津波で亡くなった外国人と日本人の絆を取材した一冊
 

【お知らせ】New!!

「読むことと〈わたし〉」マイスキュー 

店主・辻山の新連載が新たにスタート!! 本、そして読書という行為を通して自分を問い直す──いくつになっても自分をアップデートしていける手段としての「読書」を掘り下げる企画です。三ヶ月に1回更新。
 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。4月16日(日)から待望のスタート。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
 

黒鳥社の本屋探訪シリーズ <第7回>
柴崎友香さんと荻窪の本屋Titleへ
おしゃべり編  / お買いもの編
 

◯【店主・辻山による<日本の「地の塩」を巡る旅>書籍化決定!!】

スタジオジブリの小冊子『熱風』2024年3月号

『熱風』(毎月10日頃発売)にてスタートした「日本の「地の塩」をめぐる旅」が無事終了。Title店主・辻山が日本各地の本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方をインタビューした旅の記録が、5月末頃の予定で単行本化されます。発売までどうぞお楽しみに。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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