

新しい本を仕入れるときは、この人とこの人は買いそうだなと、具体的な顔を思い浮かべながら大体の数を決めることが多い。もちろん本屋はTitleだけではないので、そう思った人が必ずしも買ってくれるとは限らないが、その人を想像して仕入れた本が、思った通りの人に渡っていくことは、ちょっとした快感でもある。
先日、木皿泉の小説が発売になった。この本面白いですよと、文庫になった『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日のパン』を人にすすめたことも多く、書評で採り上げたこともある作家なので、店には当然並べたい本であった。
Titleでは、事前に指定を申し込んだ出版社の本は、発売日に希望の数が入ってくるが、それができない出版社の本は、すべて後追いの注文になる。今回の木皿泉の新刊も発売日に入荷はなく、店に入ってくるのは早くても何日かあとだ。
そんなとき、以前に「昨夜のカレー」も『さざなみのよる』も買って頂いたNさんの姿を、店内で見かけた。あー、いま木皿さんの本ないなと思っていると、彼女は別の本を手にしてレジで会計を済ませ、何も言わずに帰っていった。
それから数日して、新刊の『カゲロボ』が店に届いた。すぐに買うのは数人かと思ったので、とりあえず3冊。Nさんのことも頭によぎり、1冊取っておこうかなと思ったが、特に取り置きを希望されたわけではなく、他の店ですでに購入されているかもしれないので、そのまま3冊店に出した。
出した日に1冊が売れ、その翌日にも1冊売れた。もう1冊しかないよ、Nさん早く来ないかな(在庫があるときに一回でも店に来てくれれば、その人に対する義理は果たしたと納得できる)と思っていると、それから数日後に棚に差した最後の1冊が売れてしまった。
Nさんが次に来店したのは、その日の夜のこと。結構長い時間店内の棚を見ていた彼女はレジまでやってきて、「そういえば、木皿泉さんの新刊が出たそうなのですが、いま店にはないでしょうか」と丁寧に尋ねられた。いや本当にごめんなさいと思うのは、こんなときだ。
今回のおすすめ本
子どものころ、虫捕りや川遊びのあとには、家にあった図鑑や絵本を眺めなおした。そこに描かれていた生きものはいなくとも、その本からは、世界のおおきさが充分に想像できた。
「かがくのとも」50周年記念で、編まれた一冊。改めてみても名作ぞろいだ。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。