

昨年末、画家のnakabanさんとの共著『ことばの生まれる景色』を、ナナロク社から出版した。この本の制作には著者である二人のほかにも、担当編集者、デザイナー、校正者、出版社の社長など多くの人が関わったが、ある日、そのなかでも自分が一番年上だということに気がついた。そう思うと、わたしたちの世代だけでも納得のいく本が作れてしまうのだという嬉しさと、急に重石(おもし)がとれたような、軽いとまどいを感じた。
わたしがある書店チェーンに入社し、本を売る仕事をはじめたのは1997年4月のこと。既にそのころから、本が売れなくなったと言われてはいたが、周りの雰囲気はまだのんびりとしたもので、最初に配属された100坪ほどの店には、社員が7人もいた。
多くの会社がそうだと思うのだが、昔の会社には「おじさん」が多かった。「おじさん」の多くはむやみに威張り散らし、勤務時間中でも、平気で姿を消した。彼らは何かを教えることはほとんどなく、仕事でめざましい成果をあげることもなかったが、「役員」や「部長」といった肩書で呼ばれる人とは異なり、半ば呆れられながらも警戒心を起こさせない程度には、身近な存在であった。
平成と呼ばれた時代が進むにつれ、「おじさん」たちの顔に浮かんでいた〈笑い〉は、次第に淋しさを帯びるようになったと思う。本が売れなくなり会社の業績が悪化すると、そのしわ寄せはそれまで当たり前に存在した余裕に向けられる。ある者は自発的に、またある者は追われるようにして、会社からは「おじさん」の姿が消えていった。
おじさんがいなくなると、会議の進行を乱すような発言はなくなった一方で、それまで当たりまえに行われてきたことがそうではなくなった。そのころから、売り場の本が乱れ、並べかたもちぐはぐな書店の姿をあちこちで見かけるようになったが、そうした店でも「おじさん」がいなくなったのかもしれない。そしてそのようなちぐはぐさは、自らに余裕がなくなり、他人に対する無関心や冷たさが広がる社会の状況と、時を同じくしていたように思う。
先日、古い知人が店に遊びに来た。彼は事務用機器を扱う会社で営業部長になったと話したが、失礼ながら昔はとてもそんな偉くなるような人物には見えず、どちらかといえば「おじさん」に近いところがある男だった。彼自身もどこか戸惑っているようで、その日の会話も昔そうであったように、ぼんやりと頼りないものに終わってしまった。
これからの社会は人間味のあるものであってほしい。彼やわたしを安心させていた、「おじさん」はもういないのだ。
今回のおすすめ本
ある日著者の奥山さんは、北海道の開拓時代を知り自給自足の生活を続けている「弁造さん」と出会い、その発言・振る舞いに魅せられていく。美しい北の四季の光景、芸術にしか満たせない心、端正でやさしい写文集。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年5月17日(土)~ 2025年6月2日(月)Title2階ギャラリー
春風亭一之輔・得地直美『こっせつくん』出版記念、得地直美原画展
春風亭一之輔さんと得地直美さんがタッグを組んだ絵本、『こっせつくん』がテキサスブックセラーズから刊行されます。イラストレーターの得地さんにとっては、初のカラー絵本。出版を記念してTitleのギャラリーにて、絵本の原画やテストピースなどを展示いたします。
『こっせつくん』は、この原画展がどこよりも早い先行販売。春風亭一之輔さんと得地直美さん、お二人のサインが入った本もご用意します(サイン本販売はご用意した本がなくなり次第終了)。
◯2025年6月6日(金)~ 2025年6月24日(火)Title2階ギャラリー
きみまでのおさらい
井上奈奈『うさぎまでのおさらい』刊行記念展
2018年ドイツにて開催された「世界で最も美しい本コンクール」にて銀賞を受賞し、話題となった絵本『くままでのおさらい』。そのスピンオフ作品として制作された『うさぎまでのおさらい』が、このたび装いもあらたにビーナイスより刊行になります。今回の作品展では、この『うさぎまでのおさらい』『くままでのおさらい』とともに、2024年に刊行になったエッセイ集『絵本を建てる』の作品も展示します。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】NEW!!
「はたらき」を回復する /〈わたし〉になるための読書(5)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第5回。人の流動性が高まる春、さまざまな仕事とその周辺についての3冊をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間の記事をもっと読む
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。