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調理場という戦場

2019.03.20 公開 ポスト

調理場という戦場で学んだ「才能」より大切なもの斉須政雄

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーです。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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「好き」に勝る才能なし

「好きこそものの上手なれ」という本当に簡単な言葉がありますけれど、実体験を通してこれほど納得できる言葉もないですね。

iStock.com/MarianVejcik

つまり料理なら、料理を好きになれた人が、その大きさの分だけ伸びていくと思います。もちろん「好きになる」ということひとつにも、裾野にはいろいろな条件が絡んでくるでしょうけれど。

売名行為の材料として料理を選んだ人は、きっと、だんだん料理人という仕事をイヤになっていくでしょう。

あのう……正直に言うと、料理の世界は、朝から晩まで立ち仕事ですし、やることはすごく多くて報いは「ほんの少し」です。でも、その報いこそが値千金でして。

その報いで満足できる人じゃないとやれないというか。もうそこは生き方の問題ですね。まじめに話せば、きっと自然に、仕事の問題は生き方の問題になるでしょうけれども。

なんで生き方の問題が仕事の問題かと言うと、ぼくが見てきた範囲で言いますと、若い時の才能とか技量には、あんまり差はないからなのです。

結局、才能をどれだけ振りかざしてみても、あまり意味がないと思う。才能はそれを操縦する生き方があってのものですし、生きる姿勢が多くのものを生むからです。点を線にしていくような生き方と言いますか。

才能というもののいちばんのサポーターは、時間と生き方だと思う。才能だけではだめだと思うのは、「時間や生き方なしでは、やりたいことの最後までたどりつかない」とぼくが感じているからなのです。仕事に合った生き方を持続できるかできないかが、才能の開花を決めるように思います。

生き方は才能が発芽するためのバリアのようなものでしょう。どういう意識で道のりをたどってきたか、それによって与えられるごほうびが、成就する夢なのだろうと思います。

「この人は、すばらしいのではないだろうか」

そう感じられる人なのに、うまくいかなくなってしまうという例は何人か見ました。うまくいかなくなってしまうのは、栄養のような生き方を自分に注いでいなかったからなのではないでしょうか。若い頃の才能だけで押しきれることは、少ないのではないかと思います。生き方をスパイスにして積み重ねたものこそが大事だと思います。

才能を振りかざすと失敗する

才能はプレイヤーから湧き出てくるものですが、生き方はトレーナーから影響を受けるものが多いでしょう。プレイヤーとしての意見とトレーナーからの意見のふたつの大きなブレが、経験というフィルターを通して融合する……そうして生まれるものが、ほんとうの才能だとぼくは考えています。プレイヤーでありトレーナーも宿した人が夢に至るんです。

iStock.com/kieferpix

料理の世界に入ったあとに、それこそ何十年も仕事をやって階段を昇っていくのだから、その間に才能を生かしてくれる人に会う。場所に恵まれる。そういったトータルな生き方が加味されるわけです。好きという無垢な心を持ち続ければ、きっとうまくいくのではないでしょうか。

才能だけを振りかざして無残にやられてしまう人たちを見てきました。今も、いっぱいいることでしょう。

ある程度の実力がつくまでは無傷でいないと、思いきり才能を開花させるところに行き着かないものです。そうやって、ほとんどの人間は、芽を摘まれていく。生き方を伴った才能の操縦ができないあまり、上から押さえつけられてやられてしまう人が多いような気がします。手仕事の分野では、特にそういう面があると思う。

だから、いいものを持っているなという人に会うと、才能だけを先に出して急ぐことはないんだよ、と言ってやりたいような気持ちになります。それよりも、生き残っていてほしい。毎日研磨しないと技術は育たないし、リングから去ってしまえば、もうこちらには戻ってこれないのだから。

レストランの中で懸命になっている時期、ぼくは自分のことだけでも、手一杯でした。並走している人がいつの間にかいなくなっていることがよくありました。

自分も、まだ手が届かないレベルのところに行きたいと願っていた。走っていた。

並走している人も必死だった。だけど、レースの道から逸れてしまった。もう戻ってこない。常にある水準のリングの中にいないと、才能を開花させるための時間を積み重ねられない

自分にしても、能力を持ち合わせていたわけではなかったけれども、いつもリングの中にいました。調理場で毎日仕事をしていたから、いつも、迷った時にさいわい「斉須、こっちだ」と言ってくれる人が出てきてくれたのです。ぼくは、「はい」って、素直についていった。

フランスで、日本から食べ歩きにきていたオーナーから「斉須くん、きみが日本で仕事をするのを、お手伝いしたい」と言われた時も、考える時間はいただいたものの、結局、「はい」って。それでぼくは「コート・ドール」で働くことにしました。

最初は、やっぱり怖かったですよ。

いつ、ちゃぶ台を引っくりかえされるようなことが起こるか、まったくわからないから。そういう例をたくさん見聞きしていましたし。

フランスには、日本からたくさんの人が、人買いのように料理人を探しにきていましたからね。誘われた中でひとりの人に決めてついていった理由は明確にはなかった

このあたりは、そうですねぇ……まったくつじつまの合わない話なんです。

ですから、ぼくは、若い人に、社会に出て実体験の話をする時、

「あの人についていけばいいと、最初からわかっていた。勘が優れてた」

なんて言う資格はありません。いつダメになってもおかしくないものを常に抱えながらの青春でしたから。

ぼくが持ち続けた夢は、「フランスの仕事を、日本でもやりたい」というだけでした。

関連書籍

斉須政雄『調理場という戦場 「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』

大志を抱き、二十三歳で単身フランスに渡った著者が、夢に体当たりして掴み取ったものとは? 「早くゴールしないほうがいい」「効率のいい生き方をしていると、すり切れていってしまう」。激流のように過ぎゆく日々をくぐり抜けたからこそ出てくる、熱い言葉の数々。料理人にとどまらず、働く全ての人に勇気を与えたロングセラー、待望の電子化。

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調理場という戦場

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーだ。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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斉須政雄

1950年生まれ。73年よりフランスに渡り、フランス料理界に12年間身を置く。86年、「コート・ドール」の料理長に就任。92年からはオーナーシェフとして活躍。

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