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調理場という戦場

2019.03.17 更新 ツイート

フランスの調理場で学んだ「人に負けない」方法斉須政雄

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーです。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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「お人好し」と思われたら終わり

ぼくの体重は、東京に行く前は五三キロでした。二〇歳の頃に六五キロになり、二三歳でフランスに渡って、なんと七六キロになりました。ぼくはそうなりたかった。基礎体力をつけたかった。理屈じゃないフランスを自分の体内に埋め込みたかった

iStock.com/matthewleesdixon

ただ、食べることによって、そこまで自分が変わるとは思わなかったですね。ムキムキになってくるのがよくわかるのです。おのずと意識も変わってくる。気持ちの制御ができなくなってくる。カメレオンのように変化して、二三キロも体重が増えた自分に、ちょっとした頼もしさを覚えるようになりました。

四年経った時には、「もう外に行かなければ」と感じるようになりました。翼もだいぶじょうぶに育ってきたし、そろそろ飛んでいこうかなぁと思っていました。最初に働いたところで羽が生えて飛び方を覚えたら「ちょっと、飛んでみたいよな」「あっちのほうに飛んでいきたい」と思う時が来るんです。ぼくはその時にあまりにもお店に深入りしていたので、オーナーが離さなかった。結局、ケンカになってしまいました。

ぼくは「カンカングローニュ」に骨を埋めるつもりでフランスに来たわけではなかった。三つ星と呼ばれるところがどんなところなのか、自分の力でやれるものならやってみたいと思ってフランスに来た。

ここで止まるわけにはいかない。

夢をごまかして、偽りの「終の住処」を作りあげたくはない。まだ、ゲームは終わっていない。

フランス料理界は紹介の社会で、コネクションがものすごく幅を利かせています。次のお店に移る時には、前のお店のオーナーがいい職能証明書を書くか書かないかで、その後のレールの進み具合が、ぜんぜん違う。でも「ここに行きたいから紹介状を書いてほしい」と頼んでから半年待っても、希望のお店に連絡をしてくれませんでした。

だからケンカです。

仕方がなかった。

最後には「店を出るなら、わたしがあげた労働許可証を返せ」と言われました。しかしそれを返してしまったら、ぼくはもう正規で働けなくなる。だから「返しません」ということで、もう完全に決裂でした。労働許可証は、フランスにおいてのぼくがぼくであるための生死を分かつものだった。

最初のお店は一つ星だった。ぼくはどうしても三つ星レストランで働きたかった。

紹介がないというのはものすごく不利だけど、紹介状なしのままでお店を出ちゃいました。不安だったから、その時期のことをよく覚えています。

ただ、「これでだめなら、行くところまで行くまでだ」と思って過ごしていました。結局、後に紹介状はもらえましたが二か月後でした。

もめてしまいましたが、「こいつは離したくないな」と思ってもらえるまで一生懸命にやったことはよかったと思う。最初から「次にどこに行こうか」と岸辺に片足をのっけながらやっているようでは仕方がないですから。

調理場は「やるか、やられるか」

調理場では、「動物どうしのにらみ合いで負けたら終わり」みたいな力関係もありました。

iStock.com/Donvanstaden

ぼくも行儀がいいわけではありませんでした。

調理場で一生懸命に作っているのに「手が遅い! マサオは料理が出るのが遅い!」と、サービスの人に言われた時がありました。てんてこ舞いのサービスの最中で、パニック状態の時です。「料理が出るのが遅い」んじゃないんですよ。明らかにキャパシティを超えている。

それを聞いた時、小羊をローストしていたんですけども、ぼくは油をかけながら料理していたその小羊を何の躊躇もなくパッと取って、そいつにぶん投げてやりました

「うるせえ!」

……悔しさで、震えた。

言葉よりも、行動しかなかったですね。

ぼくは、彼に説明できるような洗練した言葉をひとつも知りませんから。

「覚えとけ! 手は抜かないし、精一杯やってる! 自分以上のチカラは出ない!」

そういうことは、行動で示してきました。

ちょうど自分でも研磨してトレーニングを重ねて、足腰ができたからやれたんじゃないかと思います。最初は行動で示す度胸もなかった。環境になじむだけで精一杯でしたから。

頭ではいろいろとわかっていても「こいつは単なるお人好しだ」と思われたら、もうそのお店にいる間は終わりなんです。

そうなっては、得たいものも得られない。

「こいつは牙をむくかもしれないな」という部分を相手にきちんと認知させないと、こちらがグロッキーになるまでやられてしまいます。

最初からあまりに優秀だと、出だしにチームメイトから叩かれてしまう。またあまりに愚鈍だと使い走り一辺倒で終わる……TPOに応じて馬鹿と利口を使い分けていくというか。そういう感覚はフランスに行かないとわからなかった。

日本の湿っぽいしがらみがまったくなく、「やるか、やられるか!」だけでした。こいつにはもう見込みがないなと思ったら、無情にバサッと切り捨てるんです。

日本では「必要悪」といいますか、悪いと知っていながらも切れない風土が生まれがちだけど、向こうにはそういうのがなくてカラッとしていますね。そんなカラッとしたところを、ぼくは日本に帰って多用しているんですけど。

ぼくは本来、非常に情が先行してしまう人間ですが、人の情を逆手にとって生きている人もいるわけで、そこはバッサリやらないといけないのです。それは仕事を通じて学んだことですね。

斉須政雄『調理場という戦場』

大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った著者が、夢に体当たりして掴み取ったものとは? 「早くゴールしないほうがいい」「効率のいい生き方をしていると、すり切れてしまう」。激流のように過ぎゆく日々をくぐり抜けたからこそ出てくる、熱い言葉の数々。料理人にとどまらず、働く全ての人に勇気を与えたロングセラー!

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調理場という戦場

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーだ。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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斉須政雄

1950年生まれ。73年よりフランスに渡り、フランス料理界に12年間身を置く。86年、「コート・ドール」の料理長に就任。92年からはオーナーシェフとして活躍。

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