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調理場という戦場

2019.03.19 公開 ツイート

真のプロフェッショナルは誰よりも「掃除」に時間をかける 斉須政雄

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーです。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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フランスで出会った「理想像」

仕事をやりはじめた時には、誰しも理想像を抱くことと思います。

iStock.com/KuzminSemen

料理人ならきっと、「高い帽子をかぶって白い服で」という姿に憧れることでしょう。ぼくも若い頃にはそんな毅然とした料理長になりたいと思っていました。

しかし、三店目の「ヴィヴァロワ」で働き出した時から、ぼくの理想はもう少し具体的になったのです。「権威のある料理人になるよりも、透明人間みたいになりたい」と思うようになりました。

この理想のモデルになったのが、このお店のオーナーのクロード・ペイローさんです。

レストランには、ワイン会社の営業の人やチョコレート屋さんがよく来るものです。だけれども、その人たちの目にオーナーの姿は見えない。あまりに従業員然としているから、わからない。みなさん、洗い場のおじさんのように見えるオーナーに向かって「オーナーはどこにいますか?」と訊いていました。訊かれたオーナーは、洗い場のおじさんを呼びにいったりする。

三つ星を維持して引退しましたが、すばらしい人でした。お店の中には、彼のスピリットが満ちていた。

ぼくは、ペイローさんを日本で体現したいと思いました。自分でやれる大きさ以上の仕事には手を出さない……これは簡単そうで難しい。いつもうれしそうに、楽しそうに仕事をしていました。姑息さもない。表も裏もまったく変わりがない。

ああいう風になりたい。

本質以外は何だかわからない人。だけど、いつも垂れ流しで自分を出している人。

ピュアの純度が高すぎて、あまり理解されていない。世俗的なところがなく、レストランを通して社会奉仕をやっているようでした。

午後の仕込みに必要な食材を、率先して自分で買ってきて「これ買ってきたけど、これでいい?」と訊くんですよ。働いているぼくが「ありがとうございます」と言うと、

「ありがとうは、わたしだ。わたしのために働いてくれているのだから、ありがとうはわたしだ

彼の立ち居振る舞いを見ると、世界は広いなぁと思わされました。ほんとうに尊敬しています。

お客さんがすごく喜んで「今日の料理はすばらしかった」と言う。そうすると彼は厨房にお客さんをいきなり連れてくるんです。

「すばらしいのはわたしじゃない。彼が作ったんですよ、この子」

掃除ができない人は何もできない

オーナー本人がやっていることと言えば、一日じゅう掃除をしている……ほとんど掃除しかしていない。彼の印象に残る姿と言えば、「掃除をしている姿」です。

iStock.com/Tatomm

レストランで何よりも重要なのは「清潔度」だということや、お客さんに対する家庭的な態度……ぼくは大切なことの大半を彼から教わったような気がします。仕事場のありようや空気は、そっくりそのまま仕事に映し出されると知りました。

大切なのは、簡潔であり、清潔であり、人間性があるということです。

「整理整頓がなされていることは、仕事がきちんとなされるための基本なのだ」ということが、このお店に来てよくわかった。乱雑な厨房からは、乱雑な料理しか生まれない。大声でわめきたてる厨房からは、端正な料理は生まれない。

最初は掃除の回数が多いことに驚きました。仕事が一段落したら、いつも掃除をしているのです。

「誰かが作業中だからその人は抜かす」ということはありません。必ず全員で掃除をする。

ほうきで掃き出すことも、掃除機で吸い込むこともない。

床の汚れもどこの汚れも、いつもぞうきんで拭き取っていました。一〇枚ぐらいのぞうきんを常に洗ってゆすいで汚れているところに投げる人がいる。そして各セクションの持ち場にいる人たちですべての汚れを拭き取るのです。これを全員でやっているのです。落ちているものをなくすまで、掃除は続きます。

朝に掃除をします。昼のための仕込みが終わって一一時頃に賄いのごはんを食べます。食べ終わったら掃除。そして昼のサービスが終わるとまた掃除をする。六時からサービスがはじまりますから、五時に賄いの食事を食べる。食べ終わったらまた掃除。そして夜のサービスが終わる一〇時か一一時にまた掃除をする。

つまり、一日五回の掃除です。

それ以外にも、日頃できない細かな掃除が並行しているのです。仕込みをしているか、掃除をしているか、というぐらいだった。

今のお店でも、ぼくは掃除を第一にしていますね。掃除ができない人は、何もできないと思います。

掃除や雑用について、視点を変えて見てみると、人が手を染めたがらない作業の中に、多くのヒントがありますね。ぼくにとっては、掃除や雑用を通じて感じ、考え、整理された多くの体験が、あとで料理人として自立する上で大きな原動力になっていきました。

斉須政雄『調理場という戦場』

大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った著者が、夢に体当たりして掴み取ったものとは? 「早くゴールしないほうがいい」「効率のいい生き方をしていると、すり切れてしまう」。激流のように過ぎゆく日々をくぐり抜けたからこそ出てくる、熱い言葉の数々。料理人にとどまらず、働く全ての人に勇気を与えたロングセラー!

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調理場という戦場

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄。著書『調理場という戦場』は、「仕事論、リーダー論、人生論。すべての旨味がこの本にある」と評されるロングセラーだ。大志を抱き、23歳で単身フランスに渡った斉須。夢に体当たりしてつかみ取った「アツすぎる」言葉の数々は、働くすべての人に勇気を与えています。そんな本書の一部を、抜粋してお届けしましょう。

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斉須政雄

1950年生まれ。73年よりフランスに渡り、フランス料理界に12年間身を置く。86年、「コート・ドール」の料理長に就任。92年からはオーナーシェフとして活躍。

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