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仮想人生

2019.01.29 更新

“諦め”と“寂しさ”は裏アカウントで満たされるのか(紫原明子)はあちゅう

彼らがセックスを目的に裏アカウントを作るのはなぜか

自己愛の強い人ほど、自らの周囲に頑丈なガードを張り巡らし、他者の介入をちょっとやそっとでは許さない。なぜなら自己愛の強い人は、愛という美しい名前をつけて頑なに守っている、その実、自らのしがないプライドが、本当はガラス細工のように脆く、砕けやすいことを、誰よりもよく知っているからだ。

他ならぬ私自身を含め、このように自己愛が強い人間=他者に対してのガードが堅い人間にとって、SNSとは最高に便利な道具だ。自分のダメな部分は隠し、見せたいところだけを見せることができる。相手との距離感はフォローの有無や“いいね”によって見える化されるので安心。さらには、相手が過剰にこちら側に介入しようとしてきたり、あるいは望まない角度からこちらを見てきたり、もちろん嫌がらせをしてきたりなどすれば、カジュアルにブロックして、以降、一切絶縁することができる。

かつてはインターネット全体、あるいはSNS全体が、そんな強い自己愛の受け皿となり、私達の人生の裏面を担ってくれていた。けれどもインターネットがかくも一般化してしまった今、インターネットの表層部は最早“表”となんら変わらないものとなってしまった。膨張する表の世界に押しやられて、裏の世界はいつしかインターネットの、さらに奥深くへと潜っていくことになった。

『仮想人生』(はあちゅう/幻冬舎)は、セックスレスの人妻、ナンパ師、童貞の大学生といった、年齢も性別もさまざまな男女が、Twitterの“裏アカウント”を舞台に繰り広げる群像劇だ。立場はさまざまとはいえ、彼らが裏アカウントを作る目的は概ね一致していて、端的にいうと「セックス」である。

現実には、必ずしも裏アカウントを持つ全ての人がセックスを目的にしているわけではない。例えば、おおっぴらには言えない趣味の話をするためだとか、仕事の愚痴を吐くためだとか、本来は裏アカウントを作る目的にも色々とあるはずだが、今回、この小説の設定に、おいてそれが一様にセックスとなっていることに、物語の本質があるように思えてならない。
 

(写真:延原ユウキ)

たとえば第一章に登場するユカは、ネット上で拾ってきた韓国人アイドルの写真をアイコンに掲げ、プロフィールに“結婚四年目セックスレス人妻”と書くことによって、男性から次々と誘いのDMを受け取る。一応、ユカの裏アカウントの目的はセックスそのものでなく、モテ気分を味わい、寂しさを埋めることだったので、自尊心だけを満たして、誘いの方は華麗に交わす。ところがその一方でユカは、Twitter上で見かけたある人物に興味を持つ。その人物とは、暗号のようなナンパ用語を数多く使い、ときには女の子とのハメ撮り動画さえアップする、ナンパ師の鉄平だ。

彼のツイートにいいねを押し、わざわざナンパ用語の意味を検索してまで、ユカは自ら進んで、鉄平との距離を詰めていく。なぜ多様な人のいるTwitterで、自分を求める多数の声に耳を貸すこともなく、ユカは鉄平に興味を持ったのだろうか?

そこについて、本書ではあまり詳しく書かれていないので、これからはあくまでも私の勝手な憶測になってしまうのだが、もしかするとユカには、腕利きのナンパ師である鉄平が、さながらゲームのように簡単に、楽しく、他人と深い関係を結べているかのように見えたのではないだろうか。

この小説には、全体を通してある種の“諦め”と“寂しさ”が、通奏低音のように鳴り響いている。少なくとも、私にはそんな風に感じられる。人に期待しない。人を信じない。人に裏切られるくらいなら、自分の欲望を満たすことだけに真摯に生きていけばいい。こういった考え方を最もそのままの形で持っているのは、“ねね@童貞ハントFカップ”という登場人物だ。

ねねの日課は二つ。ひとつはTwitterで知り会った童貞の青年やデリバリーホストとの割り切ったセックス、そしてもう一つはコンビニで買った大量の食品をありったけ食べては吐き戻す過食嘔吐である。他人は信じられない。だから自分だけを満たす。しかし満たしても、満たしても、決してどこかが満ち足りない。こういった空虚さを、ねねに限らずこの本の登場人物たちが、大なり小なり、一様に抱えている。

セックスレスの人妻ユカには、定期的に会って話す美香という美人な友人がいるにも関わらず、本書の後半で“自分にはあまり友達がいない”とこぼす。

セックスをしても、友達がいても、登場人物達の繋がりの欠落は埋まらない。

厄介なしがらみにまみれた表の世界とは異なり、何者も自分のプライドを傷つけることのない密やかな聖域。裏アカウントにコントロール可能な弱い繋がりだけを求める人たちが、その実本当に必要としているものは、果たして一体何なのだろう。一体何をすれば、彼らは真に満たされるのだろうか。

作中のユカを見ていると、そのヒントのひとつは、何らかの形で自分に自信を持つことにあるのかもしれないと思う。自分のプライドはそう簡単に砕けたりしない。そんな風に自分を信じられるようになれば、今より少しだけ心のガードを緩め、他者の存在を、もう一歩内側まで受け入れられるようになるかもしれない。

弱い繋がりを次々と使い捨てるのでなく、時間や手間を費やして強い繋がりへと育むこと。また、この人とならばそれができそうだというなにかしらの希望を、今ある関係性の中に持ち得ていること。繋がっても繋がっても満ち足りない人の空虚さを埋めてくれるのは、もしかするとそういったことなのではないかと私は思う。

(紫原明子:作家、エッセイスト @akitect

**
『仮想人生』
はあちゅう・著
1400円+税


人生がひとつしかないから私たちは苦しんだ——。
33歳、ユカ、専業主婦。
だから、「もう一人の私」を作った。

SNSでむき出しになる人間の愚かさと優しさ。
孤独のなかで懸命にもがく姿が愛おしい、
衝撃の裏アカウント小説!

はあちゅう『仮想人生』

人生がひとつしかないから私たちは苦しんだ——。33歳、ユカ、専業主婦。 だから、「もう一人の私」を作った。 SNSでむき出しになる人間の愚かさと優しさ。孤独のなかで懸命にもがく姿が愛おしい、衝撃の裏アカウント小説!

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仮想人生

現実世界で「普通の人」でいるために裏での息抜きが必要なんだ。
ネットを知り尽くすはあちゅうさんにしか描けない、SNSでむき出しになる人間の素顔。
衝撃の裏アカウント小説『仮想人生』について。

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はあちゅう ブロガー・作家

慶應義塾大学法学部卒。電通コピーライター、トレンダーズを経てフリーに。「ネット時代の新たな作家」をスローガンに、ネットと紙を中心に媒体を横断した発信を続ける。著作に「半径5メートルの野望」(講談社)など。月額課金制個人マガジン「月刊はあちゅう」が好評。
ツイッター・インスタグラム:@ha_chu
月刊はあちゅう https://note.mu/ha_chu

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