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仮想人生

2019.01.22 更新 ツイート

はあちゅうの長きにわたるネット人生の集大成的小説(中川淳一郎)はあちゅう

ネットには闇もあるけれども、人を救う光もある

ネットの酸いも甘いも知り尽くした著者の長年にわたるネット観察・実体験をベースとした、そこで展開されるくだらなくも素晴らしい人間の営みややり取りがこれでもか、とばかりに描かれる『仮想人生』

ネット中毒者にとっては「あるあるw」的展開が続くと同時に、慣れていない人からすれば新たな発見だらけで以下どちらかの感想を抱くことだろう。

「うわっ、こわい……。SNSなんかやってなくって良かった……」
「な、なに? こんなに色んな人に出会えるの!?」

後者のような感想を抱いた者(特に若い男性)からすれば、「このたぎる性欲の発散のためにSNSはじめまーす!」みたいな妙な後押しをしてくれるかもしれない。いわゆる識者と呼ばれる人がしたり顔で論じる「最近の若者は草食化が進み、恋愛をしないため少子化が進んでいる」的な言説を私は元々ウソだと思っていたが、人間のどす黒い欲望というものは、本書に登場するような「裏アカ」「裏ID」にこそ表出する。やはり人間の行動原理の一つは、こちらも本書にも何度も登場するように性欲であり、「草食化」と決めつけるのは無理がある。

本書の構成は、同じく幻冬舎から出版された劇団ひとりの小説『陰日向に咲く』のネット版のようになっている。各章に主人公が存在し、意図せざるところでこの人々が関連し合い、話が紡がれていく。ユカ(33歳人妻)、圭太(23歳ナンパ師)、ナオ(20歳童貞大学生)、暇な医大生(21歳)、ねね(42歳童貞ハントFカップ)に加え、ナオの友人・八代がSNSを介して何らかのつながりをもっていく。ユカの夫・恭平も登場する。

いずれの人物も表の顔と裏の顔があり、微妙な問題も抱えているごく普通の人物である。上記の人間の中で恭平のみがSNSをやっていない点が、著者の込めた一つのメッセージなのではないだろうか。恭平がどうなるかはここでは書かぬものの、各人の微妙な問題がネットでの出会いや交流や憂さ晴らしにより少し氷解したり、新たな一歩を踏み出せたりするものの、恭平はその「微妙な問題」を自分の中から放出できないがためにあんなことになってしまったのか……と。

(写真:延原ユウキ)

著者のはあちゅう氏は、SNS上ではいわゆる「ネット民」に呆れる様を時に見せ、明確に怒りの表明をすることもあるが、そこも含めてネットの有用性を本書で伝えたかったのかも、なんて勝手に解釈してしまった。

裏IDにこそ隠れた人間の真実を知れるといった意味では、私自身も実体験がある。2010年、ツイッターブームになった年、やたらと愚痴ばかり書いているIDを複数発見した。「クソ小僧がエラソーに命令してきやがって」や「いきなり最初に決めたことを覆すんじゃねーよ、この無能発注者」といった仕事上の愚痴ほか、「もうオレはきつい。このまま死んでしまいたい」といった人生全般に関する悩みも吐露されていた。

私はこうした愚痴に共感するとともに、「死んでしまいたい」といった言葉には心配の声をかけた。実は私もこの時「西田太郎」なる裏ID(というか、偽名)でツイッターをやっていたのである。次第にこの愚痴だらけのツイッターID同士は相互フォローになり、いつしかオフ会をすることに。すると、見事なまでに世代も職種もかぶっており、しかも全員男だった。私自身、気が合う人間は「好きなものが共通の人間」よりも「嫌いなものが共通の人間」だと昔から思っているため、この日のオフ会は非常に楽しかった。その日は私以外に5人来たが、そのうちの2人とはあれから9年経った今でも友人関係が続いている。

また、先日渋谷の街で突然女性から声を掛けられた。見覚えがない人物だったが、彼女はこう言った。

「すごく前にツイッターでよくやり取りしていた者です。ご近所さんってことをよく話題にしていました」

一瞬分からなかったが、もう少し会話を続けると、確かローマ字のファーストネームで呼んでいたご近所さんがいたことを思い出した。あと一押し、アイコンが何だったかを思い出せばやり取りの一部を思い出せるだろう、というところだったが、そこは教えてもらえなかった。

前出のオフ会参加者にしても、彼女にしても『仮想人生』がツイッターにあったわけだが、当然それは人生の一部に過ぎない。でも、そこに書かれることは紛れもない本音だったり、魂の慟哭であったりもする。逆にまったく異なる人生を演じるための娯楽としている場合もある。本書で2章にわたって登場するねね(42歳童貞ハントFカップ)が、とある人物の前では過去のトラウマを捨てたうえで実際の自分である「愛」になれるかどうか、という含みを持たせて彼女の章は終了する。

なにかと「ネットの闇」的な言われ方をされ、ネガティブな側面が未だクローズアップされるインターネット。最近聞いた話で、かつては悩みを言えなかったトランスジェンダーの人物が、SNSのお蔭で同様の悩みを持つ人々とつながれ、「あっ、私と同じような人ってこんなにいるんだ」と安心できた、という話がある。著者はそうしたポジティブな面も踏まえたうえで、長きにわたったネット人生の一つの集大成として本書を上梓したのかな、と読み終わった時に思った。

(中川淳一郎:ネットニュース編集者 @unkotaberuno

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『仮想人生』
はあちゅう・著
1400円+税

 

人生がひとつしかないから私たちは苦しんだ——。
33歳、ユカ、専業主婦。
だから、「もう一人の私」を作った。

SNSでむき出しになる人間の愚かさと優しさ。
孤独のなかで懸命にもがく姿が愛おしい、
衝撃の裏アカウント小説!

はあちゅう『仮想人生』

人生がひとつしかないから私たちは苦しんだ——。33歳、ユカ、専業主婦。 だから、「もう一人の私」を作った。 SNSでむき出しになる人間の愚かさと優しさ。孤独のなかで懸命にもがく姿が愛おしい、衝撃の裏アカウント小説!

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仮想人生

現実世界で「普通の人」でいるために裏での息抜きが必要なんだ。
ネットを知り尽くすはあちゅうさんにしか描けない、SNSでむき出しになる人間の素顔。
衝撃の裏アカウント小説『仮想人生』について。

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はあちゅう ブロガー・作家

慶應義塾大学法学部卒。電通コピーライター、トレンダーズを経てフリーに。「ネット時代の新たな作家」をスローガンに、ネットと紙を中心に媒体を横断した発信を続ける。著作に「半径5メートルの野望」(講談社)など。月額課金制個人マガジン「月刊はあちゅう」が好評。
ツイッター・インスタグラム:@ha_chu
月刊はあちゅう https://note.mu/ha_chu

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