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モヤモヤするあの人

2018.11.04 更新

社会人が身につけるべき哲学思考とは?斎藤哲也/宮崎智之

新しい価値観と古い価値観が衝突する時代に感じるモヤモヤ。これは現代のことだけではありません。ギリシア時代から人間は同じようにモヤモヤを抱いてきたのです。
私たちは、そんな割り切れない気持ちとどう付き合っていけばいいのでしょうか? 
『試験に出る哲学』の斎藤哲也さんと『モヤモヤするあの人』の宮崎智之さんが、哲学を参照しながら語り合いました。

社会人の「学び直し」で深まる哲学思考

宮崎 斎藤さんの本は、センター試験における倫理の出題をもとに、西洋哲学史を振り返るという内容です。冒頭に、受験生だけではなく、社会人の「学び直し」としても読んでもらいたいという記述がありました。なぜ現代の社会人に、哲学的思考が必要になってきているとお考えでしょうか。

斎藤 うーん、「哲学をなぜ学ぶ必要があるのか」とか「哲学は役に立つのか」という問いは、それこそいろんな哲学者がいろんな答え方をしています。哲学など役に立たない、ときっぱり言う人もいますからね。

僕自身は哲学の研究者ではないから、大それたことは言えませんが、さまざまな哲学書や思想書を読んで、問いのスケールは広げてもらったな、と感じています。哲学者は、普通の人では問わないような問いを発見したり、作ったりすることに長けている。特に、時代の変動が激しい時期ほど、そういう問いを作る哲学者がたくさん出てくる。たとえばヒュームという哲学者は、原因と結果という結びつきは実在するのか、と問いました。そういう問いは、自然科学が急速に進展していた時代と呼応しているわけです。

おそらく現代社会が大きな転換期にあることは、多くの人が薄々感じていることでしょう。ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』(河出書房新社)のような人類史の本がベストセラーとなってビジネス書大賞を受賞したのも、多くの企業人が人類史というスケールで現代を捉え直さなければいけないと考えているからではないでしょうか。そういう時代では、仕事であれプライベートであれ、モヤモヤすることが多発します。そういうモヤモヤした事象から、上手に問題を取り出すことは、学生であれ社会人であれ大事な力になってくると思うんです。

ただ僕の本は、哲学的思考というよりは、副題にある「西洋思想に入門する」ほうが主眼です。「学び直し」と言っても、ほとんどの人は西洋哲学や西洋思想の歴史を学んだことがないんですよね。倫理という科目に触れていなければ、学校で教わることもないわけですし。そういう意味で、西洋哲学、西洋思想に触れるきっかけになってもらえればいいぐらいの気持ちでこの本を書きました。

宮崎 本の冒頭にも書いてありましたけど、読解力のある中学生くらいなら読めるように書かれています。だから、ファーストコンタクトとしても優れた入門書になっていますし、最後に豊富なブックガイドがついているのもうれしい。「この本だけでは終わってほしくない」という斎藤さんの思いがつまったブックガイドだと思いました。

現在の哲学ブームが投げかける問題意識

宮崎 最近は、哲学がブームだという話をよく聞くんですけど、斎藤さんはどう感じていますか。

斎藤 哲学の本って、10年に1度くらいの頻度でベストセラーが出るんですよ。ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』(NHK出版)とか、池田晶子さんの『14歳からの哲学』(トランスビュー)とか、白取春彦さんの『超訳 ニーチェの言葉』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)とか。ただ、これまではどちらかというと、自己啓発や人生論として哲学が受容されていた側面が強いという印象があります。

ところが、ここ最近は東浩紀さんの『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン)や、國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)など、時代の課題や危機と切り結ぶような哲学書が読まれるようになってきている。その点では、今起こっているといわれる哲学ブームは、これまでのものとは少し傾向が違うなと、個人的には感じています。

宮崎 時代が急速に変わり、古い価値観と新しい価値観が衝突するなか、時代を説明する言葉がなければ自分たちの立ち位置や社会との距離がつかめなくなってきている。その対応として、自己啓発、実用としての哲学とは別の流れで、哲学書が読まれるようになってきたということでしょうか。

斎藤 そうだと思いますけど、いま挙げたような本はもっともっと読まれてほしい。

宮崎 そうなると、なおさら良質の入門書が必要になってくるということですよね。

斎藤 もちろんいきなり『観光客の哲学』や『中動態の世界』を読んだっていいんです。どちらも非常に明晰に書かれているから、そこから哲学に触れる人がいてもいい。哲学との出会い方はいろいろだと思います。でもなかには、西洋哲学の歴史を大まかに知りたいという人もいるかもしれない。僕の本は、そういう人に向けた入門書であり、案内書です。

ただ、哲学にかぎらず「これ一冊で○○がわかる」と謳うのは嘘だと思うんですよね。わかるわけないだろう、と。その意味では、次の読書につながっていく本こそが、良質な入門書じゃないかな。僕の本にブックガイドをつけたのも、次なる入門書、哲学書に手を伸ばしてほしいからです。

宮崎 無理やり僕の言葉で言い直すと、「モヤモヤを抱き続けることが大事」ということになるでしょうか。すぐにスッキリすることを求めすぎるのは、危険なことだと僕は思うんですよ。安易に正解を求めるより、モヤモヤし続ける耐性をつけることのほうが、今の時代には求められていると感じています。

斎藤 「わかった気にさせる」のではなく、「わかりたい気にさせる」本こそ本物の入門書ですよね。

過去を引き継ぎ、乗り越えていく精神

宮崎 今の話ともつながることなんですけど、斎藤さんの本を読んで強く思ったのが、過去を参照することの大切さです。キルケゴールやマルクスは、青年期にヘーゲルに感染し、それと格闘しながら自身の思想を展開していったと書かれています。また、ニーチェも、ソクラテス、プラトン以来の西洋形而上学を徹底的に批判するところから哲学を始めた、と。

今の時代は、誰でも気軽に情報を発信できるようになり、民主的になったとは思います。ただ、しっかりと過去の系譜を引き継ぎ、それを乗り越えていく営みがなければ、本当に新しいものは生まれないのではないか、という問題意識を改めて感じました。

ところで、斎藤さん自身は、どのようなものに影響されてきたのですか?

斎藤 哲学的なものに初めて触れたのは、浪人時代でした。昔の予備校って、雑談好きな先生が多かったんですね。そのなかで哲学の話をする先生がいて。たまたま帰りの電車が一緒だった古文の先生が、ハイデガーや西田幾多郎の話をしてくれたこともありました。『古文読解教則本』(駿台文庫)という本を書いている高橋正治先生です。前編で紹介した入不二基義さんも、僕が浪人時代に駿台予備校で英語を習っていた先生でした。今思えば、あの頃の体験が哲学の入り口だったと思います。

また、読書面で影響を受けたのは、浅羽通明さんの『ニセ学生マニュアル―いま、面白い「知」の最尖端講義300』(徳間書店)という本です。いろいろな大学の名物講師の講義名と内容が書いてあり、それに短評が載せられている。ブックガイドとしても秀逸で、読みたい本を手帳に書いて、次々に読んでいきましたし、絶版のものは古本屋をめぐって探したりしていました。「知の見取り図」を作るような仕事に関心を持ったのも、あの本と出会ったからです。

宮崎 今回の本も、斎藤さんが監修してベストセラーになった『哲学用語図鑑』(プレジデント社)シリーズも、「知の見取り図」を示すお仕事ですよね。

斎藤 そうですね。宮崎くんはどんな作品に影響されてきたんですか?

宮崎 昔からエッセイが好きで、いろいろ読んできました。吉田健一とか、薄田泣菫とか、辻潤とか。もちろん、寺山修司や中島らもといった、文化系が必ず通過するような作品にも一通り触れてきました。

つい先日、さくらももこさんが亡くなりましたけど、さくらさんのエッセイも、子どもの頃によく読んでいました。今読み返すと本当に面白くて。たとえばニューヨークのタクシー運転手が運転中に危ない薬をやりはじめた話とかが普通に書いてあるんですね(笑)。それを、当時の子どもたちが読んでいた。日常的なエッセイのなかに、ちょっと毒を混ぜるような手法は影響を受けていると思います。

今の時代、特にネットではPVを獲得しなければいけないので、過剰に意味とか効用とかを記事に求められてしまいますけど、考えてみれば僕が好きだった作品は、意味なんてないものが多いんですよ(笑)。だから、無名の僕が日常的に感じたモヤモヤを綴るこの本が出版され、重版されたこと自体が奇跡だと思うし、話題にしてくれる方がいることもうれしい。

斎藤 なるほど。前編で宮崎くんの本に収録されている「前歯がないブルース」というエッセイが面白かったという話をしましたが、やっぱり宮崎くんはエッセイストに向いていると思うなあ。性格的に。

宮崎 僕はあまり人を嫌いになることがなんですよね。「好きか、嫌いか」の基準ではなく、「趣深いかどうか」の基準でものを見ている気がしています。つまり、「いと、をかし」の精神です。嫌いでも趣深さや情緒があれば、興味の触手が伸びます。そういうふうに考えれば、「モヤモヤするあの人」もモヤモヤするから切り捨てるのではなく、モヤモヤを受け止め、理解しようとする気持ちがわいてくる。

今日は斎藤さんと話していて、問いを持ち続けることの大切さ、そしてすぐに答えを出さずに、考え続けることの大切を改めて感じることができました。本日は、本当にありがとうございました。

(おわり)

 

【お知らせ】
斎藤哲也さんと宮崎智之さんが出演しているTBSラジオ「文化系トークラジオLife」(パーソナリティー:鈴木謙介さん)の次回放送は、

11月4日25:00〜28:00
「平成スタイル~そしてみんなユニクロを着るようになった」

「文化系トークラジオ Life」は、TBSラジオAM954、FM90.5にて、偶数月の第4日曜日25時~生放送(radikoアプリでスマートフォンでも聴取可能)。今回は変則日程での放送になります。ラジオクラウドで、予告編や過去分の放送が聴くことができます。

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宮崎智之『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』

どうにもしっくりこない人がいる。スーツ姿にリュックで出社するあの人、職場でノンアルコールビールを飲むあの人、恋人を「相方」と呼ぶあの人、休日に仕事メールを送ってくるあの人、彼氏じゃないのに〝彼氏面〟するあの人……。古い常識と新しい常識が入り混じる時代の「ふつう」とは? スッキリとタメになる、現代を生き抜くための必読書。

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斎藤哲也

1971年生まれ。編集者・ライター。東京大学哲学科卒業。『哲学用語図鑑』(田中正人・プレジデント社)、『現代思想入門』(仲正昌樹ほか・PHP)などを編集。『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『知の読書術』(佐藤優・集英社インターナショナル)『世界はこのままイスラーム化するのか』(島田裕巳×中田考、幻冬舎)ほか多数の本の取材・構成を手がける。著書・共著に『読解評論文キーワード』(筑摩書房)、『使える新書』(WAVE出版)など。TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」出演中。

宮崎智之

フリーライター。1982年生まれ。東京都出身。地域紙記者、編集プロダクションなどを経てフリーに。日常生活の違和感を綴ったエッセイを、雑誌、Webメディアなどに寄稿している。著書に『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。
Twitter: @miyazakid

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