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本屋の時間

2018.02.15 公開 ポスト

第32回

失われた原稿を求めて辻山良雄

YakobchukOlena/iStock

 この「本屋の時間」の連載を含め、書籍になるものや単発の依頼など、原稿はすべてパソコンで書いています。家と店のパソコンを使い書くことが多いので、いつも最新のデータをUSBメモリに入れて持ち歩いていたのですが、ある時そのUSBメモリが全く反応しなくなりました。しかも悪いことに、そんな時に限ってデータをパソコンに保存しておらず(面倒ですよね?)、USBメモリのなかには完成した原稿が二つほど入っていました。

 反応しなくなったUSBメモリを前にしてみると、原稿を書くのに費やした時間など様々なことが思い出され、目の前が文字通り真っ白になりました。「えーっと、このような時はどうするのでしょうか……」とぶつぶつ言いながらも、うつろに〈USBメモリ〉〈データ〉〈復旧〉と検索します。すると、同じような経験をしている人が多いのか、アクセス出来なくなったデータ復旧を専門にしている会社が、幾つか見つかりました。ウェブサイトを見比べながら、そのなかの一つにUSBメモリを送り、データ復旧の見積もりを依頼したところ、「貴社のUSBメモリには〈重度の物理障害〉が発生しており、復旧が成功した場合、かなりの金額が費用としてかかります」との返答がすぐに返ってきました。

 見積もられたその金額は、近場の海外旅行なら行けそうな、聞くだけでも少しひるむものでしたが、失われた原稿のことを考えると金額の問題でもないと思い直しました。何度も手を入れ一度は完成したと決めたものは、その出来はどうあれその時の自分の「ほんとう」です。時間をかければ同じ長さのものはまた書けるかもしれませんが、そのとき一度「ほんとう」であったものは、もはやそうではなくなってしまいます。それでは自分が書いたものに対して、あまりにも無責任ではないかと思いました。

 その後のやり取りで、一旦失われた原稿は無事に取り戻すことが出来ました。高い授業料でしたが、書くものに対する認識を新たにした経験でもありました。もちろん、「それは単にあなたのデータ管理が出来ていないというだけの話ですよね」と言われそうなことは、わかっているのですが……。

 

今回のおすすめ本

望月昭秀(縄文ZINE編集長)『縄文人に相談だ』(国書刊行会)

 悩める現代人に、縄文人がスッパリと答えを出す。紀元前の遠い目から見れば、いまの悩みなんて、笑ってすませることが出来るかもしれない。この時代には、縄文のスピリットが必要だ。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年9月19日(金)~ 2025年10月6日(月) Title2階ギャラリー

『光る夏 旅をしても僕はそのまま』刊行記念 鳥羽和久 全原画展

鳥羽和久さんの新刊『光る夏 旅をしても僕はそのまま』の刊行を記念し、鳥羽さんによる全原画展を開催します。展示されるのは、初めて筆を取ってからわずか3か月という短い時間のなかで描き上げられた11点の油絵です。地形を読んでから旅をするという鳥羽さんの旅の特徴を示す地図と写真の展示と、参考文献に挙げられた本のなかから厳選した選書フェアも行います。本書の物語世界に、さらに深く入り込む体験ができる展示です。ぜひご覧ください。


◯2025年10月10日(金)~ 2025年11月3日(月) Title2階ギャラリー

三好愛個展「もっと ゆめがきました」

昨年の秋、ミシマ社より刊行された、三好愛さんの『ゆめがきました』。「かぜにのって とんでいく ゆめ」「よぞらで ゼリーをたべる ゆめ」など、寝ている人のところへ、ゆめのほうからやってくるという、ふしぎで愛らしい絵本です。この度の個展ではあたらしい「ゆめ」が十数点、Titleのギャラリーまでやってきます。「おおきなねこをはこぶ ゆめ」「みんなひとりでほしをみる ゆめ」など、三好さんのゆめの続きをご覧ください。

 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】

〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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