

(写真提供:ナナロク社)
これまでも雑誌の取材場所として指定していただいたり、気がつけばお客さんとしてそこで本を読んでいたりと、詩人の谷川俊太郎さんがTitleに来られたことは幾度かありました。しかしお客さんを前にしてお話を伺うことは、また別の話です。
学生時代、谷川さんのデビュー作「二十億光年の孤独」に触れて以降、その主な作品はほとんど読んできましたが、その書かれた詩には、平易なことばの中にも〈個〉として立つ凛とした姿勢が一貫してあります。もう何十年も現代詩のトップランナーとして活躍されているかたですので、昨年にトークイベントの話が出た時から「はたして、聞き役が無事に務まるのだろうか?」とその日が近づくにつれて不安になってきました。しかし、そんな心配はよそに、イベントの申し込みは即日完売し、ついに当日がやってきました。
トークは朗読あり、事前に集めた一問一答ありと和やかなものでしたが、思い描いていたイメージを簡単に覆された、谷川さんの人間性に触れた夜でした。お話の中でも、ご自身のことを「保守的な詩人」と評されたことには驚きました。谷川さんには、「常に現代詩の新しい一面を切りひらいてきた人」という印象があったからです。お聞きしてみると、「保守的」とはその人の根っこから出てきたことばを信じる態度のように思えました。谷川さんは自作のどんなに実験的に見える詩でも、どこかに自分が溶け込んでいたと言います。そうしたことばと人への信頼は古風に思えるかもしれませんが、そのような人間への真っ当な理解を支えにしなければ、これだけの高い質と膨大な量の作品は生まれてはこなかったでしょう。

また、このような話もありました。映画「ギルバート・グレイプ」で、欲しいものを聞かれたジョニー・デップが「I want to be a good person (良い人間になりたいんだ)」と答えるシーンがあるのですが、谷川さんはこれを聞いて、若きジョニー・デップのことが好きになったと言います。「良い人間になりたい」という思いは、人間が生まれながらに持っている祈りのようなものです。その人を見かけや地位で判断せず、人間の心根にある美しさを見つめた、シンプルで若々しい人だと改めて感じ入りました。
いまは、詩作が楽しくなってきたという谷川俊太郎さん。特に決まった時間を設ける訳ではなく、気が向いたときに詩を書くそうですが、毎日文章を見直している時間が幸せとのことでした。素晴らしい。

今回のおすすめ本

その歩んだ道のりを年表にしてみれば、壁一面では収まらない。なつかしい人はいるがまっすぐ歩いていけば、いつも新しい人がそこにいる。惜しみない詩人の、現在形。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年6月6日(金)~ 2025年6月24日(火)Title2階ギャラリー
きみまでのおさらい
井上奈奈『うさぎまでのおさらい』刊行記念展
2018年ドイツにて開催された「世界で最も美しい本コンクール」にて銀賞を受賞し、話題となった絵本『くままでのおさらい』。そのスピンオフ作品として制作された『うさぎまでのおさらい』が、このたび装いもあらたにビーナイスより刊行になります。今回の作品展では、この『うさぎまでのおさらい』『くままでのおさらい』とともに、2024年に刊行になったエッセイ集『絵本を建てる』の作品も展示します。
◯2025年6月28日(土)~ 2025年7月14日(月)Title2階ギャラリー
Titleからほど近い阿佐ヶ谷にあった、大正末期に建てられた文化住宅・旧近藤邸。そのたたずまいは宮﨑駿監督の著書『トトロの住む家』のなかでも取り上げられました。緑に包まれ、静かに時を刻んできたこの家の在りし日の姿を活写したのが、このたび刊行された公文健太郎さんの写真集『バラの花咲く家』(平凡社)です。旧近藤邸は残念ながら2009年に不審火で焼失してしまいましたが、美しい写真プリントで、多くのひとに愛されたその姿があざやかに蘇ります。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】NEW!!
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
「はたらき」を回復する /〈わたし〉になるための読書(5)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第5回。人の流動性が高まる春、さまざまな仕事とその周辺についての3冊をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。