

本が売れないと言われる時代でも、手に取りたくなる本は必ず存在します。この一年も様々な本が出版され本屋の店頭を賑わせましたが、その中から印象に残った本を何冊かご紹介します。もちろん独断で。

ある日、岩波書店の渡部朝香さんが、民俗学者の赤坂憲雄さんを連れて来店されました。民俗学は好きな分野で、著作も昔から好きだった赤坂さんの急な来店に嬉しくも緊張したのですが、これから発売になるというその分厚い本を見てびっくり。鴻池朋子さんによる装画は、意識と無意識双方に訴えかけるようで、インパクトのある題字も印象的です。「売れる」と直感しましたが、硬派な本で重版も重ねているのは、その本が人間の根幹に関わることを扱っているからでしょう。
愛しているから、食べたい。
「食べる」とはそれを取り込むこと。互いに分かれてしまったものたちが、食べることで一つになる。異類婚姻譚、子どもを食べる怪獣、神話、殺害、生殖……。物語を読み、いのちの根源に煮えたぎる、野生を発見する。縦横無尽な民俗学。
『性食考』赤坂憲雄 岩波書店

BuzzFeed Japanの記者、石戸諭さんの単著は、東北に暮らす〈個人〉に焦点を当て取材を重ねた記録。石戸さんにはスマートな人というイメージがあったので、少し意外だったということをメールでお伝えしたところ、「威勢のいい感じの本は世の中に溢れていますので、大切なことを大切だと大まじめに書く本にしました」いうご返事を頂きました。自分の浅薄さを大いに恥じるとともに、社会のなかで見落とされがちな声を拾い伝えていくという記者の仕事の本質を、石戸さんの言葉に見た気がしました。
俯瞰して分析すればそこで話は終わる。しかし数ではない、個人の人生はその後も続いていく。顔が見える「個」の傍に立ち、そこにある死、悼みを取材した。いまここに立つと、何も終わってはいないし、そこから始まる物語があることが何より大切だ。
『リスクと生きる、死者と生きる』石戸諭 亜紀書房

それまでは、店にお客さんとして来ていた音楽家の外間隆史さんから、「本を作ろうと思っているのだが……」と相談を受けたのは一年以上前の話。その後外間さんは未明編集室を立ち上げ『未明01』を刊行、紆余曲折ののち、外間さんが敬愛する詩人・原民喜の童話集を先日刊行しました。Titleで刊行記念イベントをやるのは決まっていたのですが、本が届くのは当日だということ。内心冷や冷やとしていたときに、ひょっこりと現れた外間さんが鞄のなかから取り出したのは、函入りの瀟洒な一冊の本。「いい本が出来ましたね」と、どちらともなく破顔しました。
原民喜が遺した童話を集めた童話集と、民喜を敬愛する書き手たちによる別巻が合わさった、2冊函入りの本。手にしただけで、その愛情が伝わる装幀はもちろん、透明なガラス瓶のような詩情は、読むものの感情を宙づりにする。
『原民喜童話集 / 【別巻「毬」】』原民喜 イニュニック
今年の「本屋の時間」はこの回で最後になります。来年もこの場所でお会いしましょう。
(今回のおすすめ本はお休みします)
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年5月17日(土)~ 2025年6月2日(月)Title2階ギャラリー
春風亭一之輔・得地直美『こっせつくん』出版記念、得地直美原画展
春風亭一之輔さんと得地直美さんがタッグを組んだ絵本、『こっせつくん』がテキサスブックセラーズから刊行されます。イラストレーターの得地さんにとっては、初のカラー絵本。出版を記念してTitleのギャラリーにて、絵本の原画やテストピースなどを展示いたします。
『こっせつくん』は、この原画展がどこよりも早い先行販売。春風亭一之輔さんと得地直美さん、お二人のサインが入った本もご用意します(サイン本販売はご用意した本がなくなり次第終了)。
◯2025年6月6日(金)~ 2025年6月24日(火)Title2階ギャラリー
きみまでのおさらい
井上奈奈『うさぎまでのおさらい』刊行記念展
2018年ドイツにて開催された「世界で最も美しい本コンクール」にて銀賞を受賞し、話題となった絵本『くままでのおさらい』。そのスピンオフ作品として制作された『うさぎまでのおさらい』が、このたび装いもあらたにビーナイスより刊行になります。今回の作品展では、この『うさぎまでのおさらい』『くままでのおさらい』とともに、2024年に刊行になったエッセイ集『絵本を建てる』の作品も展示します。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】NEW!!
「はたらき」を回復する /〈わたし〉になるための読書(5)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第5回。人の流動性が高まる春、さまざまな仕事とその周辺についての3冊をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。