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経済政策大全

2017.04.14 更新 ツイート

第21回

なぜ衰退理論は存在しないのか(2)---続「新・経済発展理論体系」小幡績

 

 価値と価格の倒錯

 価値とは幻想である、というのは貨幣やダイヤモンドに限った話ではない。市場経済においては、あらゆる財、物もサービスもすべて「交換価値」に基づき、その交換価値が最終的な「使用価値」に基づくというのは幻想なのだ。

 

 こうなってしまうと、「価値」は何の根拠もない。「価値」の根源は存在しないのである。すなわち、市場でついた価格以外に「価値」はどこにもないのであって、価格は「価値」とは無縁であるがゆえに、「価値が存在しない場合の価値=価格」になるのだ。

 この結果、市場経済においては、すべての人が価格に基づき行動する。その価格が「価値」と無関係であり、本源的な「価値」はどこにもないが故に、価格こそが「価値」だと認識される。そうなると、市場で高い価格のついたものが価値のあるものになり、価格次第で世の中は決まり、動く。価値と価格の逆転現象が起きる。もちろん、新結合の遂行も価格に基づき達成され、経済発展も規定されるのだ。

 

 経済的発展は消費者を不幸にする

 つまり、断絶をともなう新結合により、新しい財、サービスが提供される。すると、それは新しいから、供給者は少ない。したがって、需要が出てくれば、供給は限られているから、価格は高くなる。需要が出なければ、その新結合は失敗に終わるだけだが、一方、需要が出てきた場合は、価格が既存の類似のものより遥かに高くなる。その結果、ビジネスは大成功、新結合の遂行となり、これで社会も変化すれば、経済発展の一部と認識されるようになる。

 つまり、新しく登場した物は、価値の有無にかかわらず、希少性から価格が高くつく。この結果、少しでも成功すれば、大きな利益を伴うことになり、大成功という結果になる。現在winner takes allと呼ばれる勝者総取りの法則などはまさにそうだ。

 こうなると、経済的価値、例えば利益額だったり、時価総額だったり、そういった成功の証は非常に大きなものとなる。そうなると、これは革命的な成功で、進歩に決まっている、世の中は発展した、と人々に認識されるようになり、認識こそが真実であり、経済発展が起きたことになるのだ。

 さらに、新しく登場したモノは高い価格がつきやすいという事が、競合関係にある既存のモノに対して、勝ち残りやすくさせるということもある。利益が大きくなるからその担い手がますます発展するからだ。同時に、守る側よりも攻める側の方が簡単であり、勝ちやすいこともある。しかも、挑戦者は何人出てきてもかまわない。挑戦することの平均的な成功率に基づくリターンがマイナスであっても、誰かが成功すればよいのだから、挑戦する側が最後は成功して、新結合の遂行は達成され、世の中は変わることになる。

 ケインズのいうアニマルスピリッツ(訳せば「野蛮人」か「ギャンブル好き」か)を持った挑戦者が、既存の誠実な生産者を破壊していくのだ。
 


 現在、米国社会が経済的に成功し、日本社会が駄目だ、と言われるのは、伝統を守り、顧客に価値のあるものをつくるよりも、次々とチャレンジして、高く売れる物を見つけることが成功と認識されているからに他ならない。

 しかし、この結果、消費者は不幸になる。アニマルスピリッツにより次々現れる挑戦者によって、既存のモノの世界が最後に突破されたとき、それは成功と認定される。これにより、次の時代に進んだことになり、いいものを誠実に作っていたところは価格で負けて衰退する。この結果、価値のないものがはびこり、それにもかかわらず(いや、だからこそ)、価格は高くなるからだ。

 既存の物の方が価値がある可能性、少なくとも対価格比でコストパフォーマンスが高い可能性があるのは、既存の枠組みで競争した場合に、消費者も目が肥えてくるから本質的な品質で戦わざるを得ないからだ。そして、この財の生産技術は成熟してくるから多くの企業が生産することが可能になり、本当に必要なものが良い品質で安く手に入るようになるからだ。だから、進歩は不幸の始まりである可能性がある。

 

 経済とは貨幣:悪貨は良貨を駆逐する

 注意すべき点が三つある。第一に、明らかな技術的進歩が社会に大きな価値をもたらしていることは存在するはずだ、という議論である。蒸気機関、電話の発明、病気の新しい治療法の発見など、様々な発見、発明はあり、これらの技術的進歩が大きな価値をもたらしているのは当然だ。しかし、ここで重要なのは経済的な成功と社会貢献とは無関係であるということだ。そして、イノベーションとは、社会貢献の程度とは無関係で、単に経済的な成功を意味するに過ぎない。

 第二に、旧いものに価値があると人々が認識する領域もあることだ。すると、人々は、進歩か退歩かを判断できるのではないか。望ましくない「経済的発展」を排除して、真の進歩だけが起きる「社会的発展」だけを選べるのではないか、という希望がかすかに湧いて来る。

 しかし、この場合は発展性はないから、価格が上がっても、価値が増えない。そうなると、経済的に生き残らないだけでなく、社会的にも衰退していく。惜しまれつつ世の中から消えていくのだ。

 骨董品あるいはお宝をみなで奪い合うだけで、お宝は増えていかないから、量的拡大は望めない。価格が上昇するだけで、価値は上昇しない。壊れたり、劣化していくから全体では価値は下がるだけだ。

 すなわち、この二つの点の議論でも明らかなように、新しいモノは価値が低い可能性があるが、価値は目に見えない。価格だけが結果だから、価格が上がっていき、そのものの量が増えていけば、それは成長ではなく、膨張に過ぎないのだが、発展に見えてくる。悪貨は良貨を駆逐するのである。それが経済的発展なのだ。

 最後に、これが本当はもっとも重要なことなのだが、人間経済社会の量的な拡大は、地球全体の衰退をもたらしている、人間社会以外から資源や機会を奪うことによって、全体としては衰退を早めている可能性がある、ということだ。ただし、これは人間社会を超えた自然体系の話であり、残念ながら本コラムの範囲外である。

 さて、次が大事なのだが、それは次回。

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経済政策とは何か? なぜ専門家の政策提言は経済を悪くするのか? 経済政策はなぜ政治家のオモチャになりやすいのか? 「経済政策」の全体像を、そもそもの出発点から平易に考える。専門家に騙されない武器が身に付く集中連載。

 

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小幡績

1967年生まれ。慶應義塾大学ビジネススクール准教授。個人投資家としての経験も豊富な行動派経済学者。メディアなどでも積極的に発言。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。著書に『リフレはヤバい』(ディスカバートゥエンティワン)、『成長戦略のまやかし』(PHP研究所)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(東洋経済新報社)などがある。

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