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「埼玉」からみえる地方と消費のゆくえ

2015.03.12 公開 ツイート

前編

“何もない”埼玉にある「マス消費」と「高感度消費」の絶妙なバランス 中沢明子/速水健朗

昨年暮れの発売と同時に賛否両論が飛び交い、一部ではプチ炎上まで巻き起こった話題の書『埼玉化する日本』(イースト・プレス)。巷に流行った「マイルドヤンキー」論に違和感を抱く著者の中沢明子さんは、「高感度消費」「マス消費」などをキーワードに、各モールや店舗、ブランドをそれぞれ上中下にランク付けし、縦横無尽に現代日本の消費論を展開しています。この出版記念イベントとして行われ、ゲストに『都市と消費とディズニーの夢』でモール論を展開した速水健朗さんを招いた対談の模様(1月9日、天狼院書店)を、2回に分けてご紹介します。

 

埼玉案内の本だと誤解されたショック

速水 『埼玉化する日本』の反響って、もうひと通り戻ってきたかなと思うんですけど、どうですか?

中沢 やっぱり思っていたのと違いました。私が意図したことが伝わっていないような反応が結構多かったな、と。タイトルって、難しいですね(笑)。

速水 難しいです。僕も『フード左翼とフード右翼』とか『ラーメンと愛国』とか、内容とまったく被ってなくはないけど、ちょっと外れたところにタイトルを置くということをやって、わりとそれは経験しています。みんな「埼玉化する」ってところで引っかかってくるわけですよね?

中沢  そうですね。本当に僭越ですが、私としては、例えば東浩紀さんの『動物化するポストモダン』と同じような使い方で「埼玉化」と表現したのですが。

速水  どういうことですか?

「埼玉化」について執筆するために、埼玉に引っ越しした中沢さん

中沢 「いや、別に動物の話をしているんじゃありません」ということ。『動物化するポストモダン』に「ライオンの話がない」って怒られている感じ(笑)。『埼玉化する日本』には、埼玉にある「るーぱん」というピザ&パスタの店が出てないとか、東武東上線の話が出てこないのはなぜだといった反応がありました。地域論ではなくて消費論のつもりですから、埼玉案内の本と思われたのはショックでした。ただその件に関しては、ある高名な社会学者の先生に「地名が入ると炎上しやすいんだよ。だから仕方がない」と言われて、「ああ、そうなのか」と(笑)。

速水 地名が入ると炎上しやすい」問題ですよね。たぶんタイトルだけ読んで反応している人たちというのは、「埼玉化」にすごく意味を置いているわけですよね。これが『神奈川化する日本』だったら、ぜんぜん違ってくるだろうし。あとで話をしますけど。食い足りない部分がいくつかあったのと、ちょっと逃げたんじゃないかなと思うところがあって、今日はいろいろ話を伺いたいなと思っています。ちなみに、タイトルは最初から『埼玉化する日本』で、わりと迷わずに決まったんですか?

中沢 そうですね。じつは2011年3月11日に出した……。


都市化にこそ注目すべきという論を張る速水さん

速水 本を売るには一番ふさわしくない日。

中沢 そう、本当にがっかりの日に、『遠足型消費の時代』という本を古市憲寿さんと出して、その中ですでに私は「埼玉化する社会」という小見出しを使っているんですね。このときからずっと、「埼玉化する日本」あるいは「埼玉化する社会」という言葉は、またいつか使おうと思っていました。

速水 ちなみに本を読んでない方もいると思うので、「埼玉化とは何か」を一番簡潔に説明するとどうなるんですか?

中沢 ダブルミーニングのつもりです。一つは「埼玉化」と聞くと、たぶん皆さん、一番に思い浮かべるのが、モールや三浦展さんがおっしゃっていた「ファスト風土」的な個性がなくて、だだっ広いところでつまらない買い物する、そういう消費の現場ばかりがある地域をイメージされた方が多いと思うんです。実際にそうであるかどうかはともかく、なんとなくそうイメージする人が多いのは確かですから、そのイメージを借りたのがひとつ。
 あと、埼玉は東京にすごく近いんですね。東武で行っても、西武で行っても、JRで行っても、どこから行っても、よほど遠い場所以外は近いわけです。ということは、東京でしか、あるいは大都会でしか消費し得ないモノ/コトに気軽にアクセスできる場所であると。
「それは神奈川とか千葉だってそうじゃないか」って言われると思うんですが、ただ、神奈川や千葉には全国の人から来てもらえるような場所があります。「うちにはディズニーランドがある」「うちには横浜や鎌倉がある」と。もちろん、埼玉県民も「いや長瀞がある、秩父がある、川越がある」と言いますが、残念ながら、それは少なくとも西日本の人には響かない。

速水 それは西日本に行かなくても、東京にいても響かないと思います。川越? あるけど、別に……って。

中沢 ですよね。もちろん、秩父や長瀞って、本当にいいところで風光明媚なんですが、風光明媚な場所ってわりと全国いろんな観光地にあるから、たとえばわざわざ長崎から来ていただくほどではないかもしれない。つまり、全国的にみると、観光地としてはあまり魅力のない県という、何となくのイメージがあると思うんですね。こう言うと埼玉県民の皆さんにまた怒られてしまうんですが、観光地として弱い県であるのは事実でしょう。
 しかし、埼玉というのは、カッコつきで「何もない」かもしれないけど、消費という視点からみれば、とても便利な場所です。最先端の消費にアクセスできる東京にも、都心にはほとんどない郊外型モールにもすぐ行ける。いろんな角度の消費に気軽に手が届きやすく、選択肢が豊富で、消費者にとって理想的です。
 それで、全国の政令指定都市や、そのちょっと先の郊外って、埼玉みたいな場所が多いと思うんですよ。観光地としては特に魅力的でもなく、いろんな人が集まるわけでもない、というような場所。でも最近は、郊外型モールだけではなく、政令指定都市に出向けば、高感度消費のコモディティ化によって、モールで買えないモノやコト消費にアクセス出来始めていて、一層そうなるといいな、という意味での「埼玉化」なんです。

速水 僕も『ラーメンと愛国』の中で、ラーメンは歴史がない、日本の郷土料理ではない、外来の、しかも明治中期ぐらいに入ってきたもので、特に歴史がないからこそ物語を付与する空白があって、そこに何か仮託することに未来があるんだ、っていう論理と近い気がしました。

中沢 そっかあ、そうかもしれないですね。

速水 けどね、「埼玉とは何か」と言った場合、空白であるという議論と……

中沢 それはあくまでもイメージですよ。たぶん、埼玉県民は空白じゃないと言うと思いますけどね。

速水 そこは逆にちょっと中沢さん、いい人すぎるところ。ある程度ウソでも「ラーメンには歴史はない」と言い切るのが、大事だと思うんですよ。「埼玉は空白である」と言い切ることで論が始まるところがあって、だからこの本ってたぶん、同じタイトルでいくつか行ける方向があったと思うんですよ。
 例えば、こんなに空白なのに、埼玉って語られる場所としてすごいじゃないですか。それこそタモリが「ダサイタマ」って言った話から、いろいろ語られる意味では千葉、神奈川以上にイメージするものが強くあるんですよ。「千葉化」って言っても「落花生? 成田空港?」とか迷っちゃうところがあるけど、「埼玉化」と言った場合、一つのイメージが広がる。その記号としての埼玉は何かって、すごい掘りがいありますよ。
 だから、空っぽだけど語られるというところがすごいし、逆に埼玉からブランドが出ていく可能性があるという話も本ではしているので、一回穴を掘ってから山をつくるみたいな方向にしたら、もっと「埼玉化」という言葉に硬くなっている人たちも分かった気になったかもしれない。

中沢 なるほど。気を使いすぎているってことですね。

速水 もう一個言うと、東京にも近い、高感度な消費地にも近いけども、かといって気の抜けたような「ファスト風土」的なファッションを消費する場所としての埼玉もある。どっちも適度に近距離、等距離に置いている場所としての位置づけがあるということを論じている。そこは、この本で思想を形成している部分だと思うんですよね。新しい郊外論。ちなみに僕のショッピングモール論って、『都市と消費とディズニーの夢』という本で書いているんですけど、これは郊外論ではなく都市論のつもりでした。「ショッピングモール=郊外」だと、日本では強く思われているので。

中沢 ああ、本当は六本木ヒルズとかの都市としてのモール論のほうがむしろ強いのに。

速水 そうですね。『フード左翼とフード右翼』でも、消費は人口の多い、集積のある都市部のほうが多様で、多様性のある都市部と多様性のない郊外・地方という話をしているんです。僕の姿勢は、都市化にこそ注目すべき、郊外化は捨てるべきなんです。逆に、『埼玉化する日本』は、ショッピングモールが全国にできて、プチ東京みたいな消費地が全国にできて、そこで満足できるのだから、ほどほどの楽しさを共有するのでいいんじゃないの? 阿部真大の「ほどほどパラダイス」を肯定する側ですよね。僕は「ほどほどパラダイス」の議論、だめだと思ってる立場なんです!

中沢 フフフフ(笑)。

速水 むしろ、地方でほどほどって、ウソつけって思う。集積に価値があるということを言及することを避けているように見える。あそこに持続可能性はあるの? この本で言えば、高感度消費のほうを選択したい。

中沢 私もそうですよ。

速水 その中間ですよね?

中沢 いや、でも中沢個人としての見解は、本当はそっちですよ。

速水 けど、郊外の「ほどほどパラダイス」も分かるよねって。

中沢 うん。理解できるし、そういう部分もあるだろうとは思います。『埼玉化する日本』で高感度消費について説明を試みましたが、そっちを志向する人はとにかく少数派なんですよね。今まで分かってもらえないケースが多すぎたし、実際、そうじゃないのが多数派だから、多数派を否定するわけにはいかない。

速水 それですよ、逃げてるっていうのは(笑)。

中沢 逃げてるつもりはないんだけど(笑)、自分はこっち側の人間だけど、消費について考えるうえで、やはり、そっち側もちゃんと理解しないと……。

速水 あー上から目線。

中沢 そう、そういう意味では上から目線なんです(笑)。でも「ほどほどパラダイス」的な多数派は、高感度消費を志向する少数派について考えてくれないでしょう。両方あるよね、大事だよね、って考えようとする姿勢を持とうとすれば、好むと好まざるとに関わらず、俯瞰しなければならないから、上から目線風にならざるをえないですよ。

 

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中沢明子

1969年東京都生まれ。ライター、出版ディレクター。女性誌、ビジネス誌など幅広い媒体でインタビュー、ルポルタージュ、書評を執筆。延べ1800人以上にインタビューし、雑誌批評にも定評がある。得意分野は消費、流行、小売、音楽。著書に『埼玉化する日本』(イースト・プレス)、『遠足型消費の時代』(古市憲寿氏との共著/朝日新書)など。

速水健朗

1973年石川県生まれ。ライター、編集者。コンピュータ誌の編集を経てフリーランスに。専門分野は、メディア論、都市論、ショッピングモール研究、団地研究など。『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)、『都市と消費とディズニーの夢』(角川oneテーマ21)、『1995年』(ちくま新書)ほか著書多数。朝日新聞読書面「売れてる本」担当、TBSラジオ「文化系トークラジオLife」メインパーソナリティ等、多方面で活躍中。

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