1. Home
  2. 読書
  3. 夜の海をゆく人よ
  4. 本は発売してしまうと、もう手に負えないも...

夜の海をゆく人よ

2026.10.30 公開 ポスト

本は発売してしまうと、もう手に負えないものになる感覚佐原ひかり

佐原ひかりさんの最新長編『夜の海をゆく人よ』。通り魔から妊婦をかばって亡くなった婚約者の死を引きずるむつみのもとに、婚約者の弟が転がり込んでくるところから始まる今作は、利他の周辺に取り残されているものを丁寧に描いた意欲作です。作家生活5周年作品でもある今作の刊行を記念して、9月5日に渋谷の大盛堂書店で行われた佐原さんのトークショーから、抜粋してお届けします。聞き手は編集担当の黒川が務めました。

第三弾は、連載時のことや、刊行直後の想いについてなどをお話ししています。

(全三回の三回目/初めから読む)

*  *  *

蝉谷めぐ実さんアテンドの早稲田大学取材

佐原:今回、この作品の主人公のむつみは、大学で働いている設定なんです。元婚約者の春臣も同じ大学の大学院の院生だった。さらに婚約者の弟の真央は、その大学に今現役で通っている大学生という設定です。大学職員の話を書くに当たって、実際何をしているのか知りたい、となった時に、仲良しの作家の蝉谷めぐ実さんが元々早稲田大学で働かれていたということで、早稲田大学の見学と職員さんにお話を聞きに行く機会を設けてくださって。3人で早稲田大学のキャンパスに行きました。

――早稲田、良い大学でしたよね。キャンパスも大きいし、悠々としていました。

佐原:多分、東京と東京以外で大学のイメージ違うと思うんです。私は大阪大学っていう地方の国立大学だったんですけど、山を切り拓いて、とにかくでかいんです。だから私の中では、とにかくでかいのが大学ってイメージだったんですけど、東京に来たら、縦に長いビルみたいな大学も多いじゃないですか。作中での描き方をどうするか迷った時に、早稲田大学はすごくちょうど良いんです。

――広くもあり、でも街に溶け込んでいて。

佐原:我々がお話をうかがったのはいわゆる“本キャン”と呼ばれる早稲田キャンパスで、そのあと“文キャン”と呼ばれる戸山キャンパスにも足を運びました。メタセコイア並木が続いていて、そこを歩いたのを覚えています。その描写を読んでくださった他社の編集者の方から「モデルは早稲田ですか?」って聞かれて、あ、分かるんだ! と思いましたね。作中では大学名を「明青大学」としていて、明治かな? 青学かな? って思うかもしれないんですが、早稲田でした(笑)。
この取材に行ったのが2025年の6月ですね。

――はい。そして8月から原稿をいただき始め、2025年10月から2026年の3月まで「小説幻冬」で連載していただきました。連載時は、こんなに締め切りを守ってくださる作家さんがいるんですね! と、びっくりしました。

佐原:進行もだいぶ早かったですしね。2026年3月に頭の手術のために入院をする関係で、それまでに改稿まで出し終えたいっていうのもあり、かなり早めの進行でした。

――そもそもスタート時に1ヶ月分猶予を持ってスタートしていて、その猶予を持ちつつ、かつすべての締め切りで、当日ないしは前日に原稿をいただきました。

佐原:優良進行(笑)。

――すごくびっくりしました、本当に。

佐原:ありがとうございます(笑)。
連載中は、文章のテンションだけ良く見ておいてほしいとお願いしていました。私、作品ごとに文体をちょっとずつ変えてるんですけど、今回は特に静けさのある文章で、波打つようなものにしたかったので、どちらかっていうと引く、削ぎ落とし気味に書きました。その辺にブレがあったら指摘してほしいっていう風にお願いしてましたね。

――波とおっしゃった通り、すごく静かな回もあれば大時化みたいな回もあったりして、大時化のあとの回では余波が続いてたり、それがちょっとずつまた静かになったり、全体的なバランスにもすごく気をつけて書いてらっしゃるなと思っていました。

佐原:確かに「今回は嵐の回です」とか「大凪です」とか、メールで送った記憶がありますね。

――メールを見直していたら、3月24日に「明日から入院します」っていうメールを全担当宛てに送ってらっしゃるのですが、その直前に最終の改稿原稿をくださっていて。本当にギリギリまで、粘っていただいてしまいました。

佐原:そうそう、結構ギリギリまでやってましたね(笑)。

――しかも入院される前は、病室でも仕事しようと思ってる、みたいなことをおっしゃってて。それはやめた方が良いと思いますよ、ゆっくりした方が良いんじゃないですかね、ってお伝えした記憶があります(笑)。

佐原:確かに、と思って(笑)。おかげさまで入院生活は一人で楽しくやっておりました(笑)。

発売後は、作品が自分から離れる感覚

――発売した今、どんなお気持ちですか?

佐原:毎度そうなんですけど、発売前はすごく情緒不安定になります。大型書店に行くと山のように本があって、こんなに本があるのに私の本を手に取る人はいるのか? みたいな気持ちになってしまって、発売前まではグラグラっと来るんですけど。発売してしまうと、もう私の手には負えないものになる感覚があります。あとは、次の作品を書いているので、意識がここにないと言ったら良くないんですけど(笑)。

――さっきおっしゃっていた、登場人物が抜けていくというのは、どのタイミングなんですか?

佐原:あ、でもね、もう多分抜けてるかもしれないです、発売したら。

――発売したらもう次に向かうというか。

佐原:うん、抜けていってる感じはしますね。これどうなんだろう、他の作家さんはずっと心の中にいてくれるのか、今日お越しの作家の皆さんにもマイクを向けたい気持ちです(笑)。「そっちはどう?」って。
今年でデビュー5周年、5年目になって、今回は5周年目の一発目にあたる本で、久しぶりにちょっと大人っぽい作品になりました。
インタビューで「恋愛小説としての濃度も高い」っていうご感想をいただいたのですが、確かに良く考えたら恋愛っぽさもあるんですかね。あんまり意識はしてなかったところではあるんですけど。……どこまで内容に踏み込んで良いか分からないので、言及が難しいところではあるのですが。

――書かれていく中でむつみと真央以外の周りのキャラクターがプロットから変わっていきましたよね。特にむつみの職場の同僚の松下は、かなり変わりました。

佐原:松下はプロットでは、むつみに告白してきたんだけどむつみが振って、その腹いせに、むつみにハラスメントをされたって上長に訴える、ちょっと嫌な感じの男の人でした。でも1話目の登場シーンを書いた時に、この人は多分そういう立ち回りをするような人間ではなさそうだなって思い、もうプロットはガン無視。黒川さんもびっくりしましたよね?

――松下さん、どんどん良いやつになっていくので(笑)。

佐原:あと、松下さんに関しては当て書きをしてまして。作品ごとに当て書きする時としない時があるんですが、『夜の海をゆく人よ』は松下さんだけ、俳優の山田裕貴さんを当てていました。なんとなく分かります? ひょうひょうとした感じとか表情とか、山田裕貴さんがメガネかけて、茶髪で、ゆるパーマで、みたいな(笑)。黒川さんは読んでて、この人この俳優っぽいなとかありました? ネトフリで実写化するならどうですか?

――確かにキャストを考えねば。むつみ、誰なんですかね、結構難しいですよね?

佐原:背筋がピッと伸びてるタイプの方ですよね。

――ちょっと厳しさがある方が良いですよね。どうしよう、全然俳優の名前が出てこないです。

佐原:真央も結構難しくて、真央って180cmはある大柄で、しかも金髪が似合う人。

――そしてイケメン。絶対にイケメンに違いない(笑)。これも結構ムズくないですか? 背が高いだけじゃなくて、きっと体格も良いですよね。そんな都合の良いイケメンいますかね?

佐原:バディのペアをどうするか話していた段階で黒川さんの性癖を暴露いただいて、「太陽属性の人がたまに見せる闇深い一面」っていうのがあったと思うんですが、真央はそれを聞いて人物造形に取り入れていますよ。

――そうだったんですか!

佐原:真央はまっとうに太陽属性で社交的なんですけど、ちょっと垣間見える闇があるなと。

――確かにそうですね、ありがとうございます。真央を誰にやってほしいか、真剣に考えます(笑)。

(会場:笑い)

佐原:皆さんもぜひ読んでいただき、この人かなっていう俳優さんがいたら教えてください!

*  *  *

この後、質疑応答、そしてサイン会と和やかな雰囲気でイベントは幕を閉じました。サイン会でもお一人お一人とじっくりお話される佐原さんの様子が印象的でした。

制作の裏側をたっぷりお話したこちらの記事を読んでご興味をお持ちいただけた方にも、ぜひ佐原ひかりさんの最新作『夜の海をゆく人よ』、お読みいただけたら嬉しいです。

関連書籍

佐原ひかり『夜の海をゆく人よ』

最愛の人は“善き人”ではなかったのか? 利他とは。善とは。勇敢さとは。 ほろ苦くも優しい、再生の物語。 むつみの婚約者だった春臣は、通り魔から妊婦をかばい、〈英雄〉として死んだ。その死を引きずる彼女のもとに、春臣の弟・真央が転がり込んでくる。「エディ・ウッド・ゴー」を信条に善い生き方を心掛けていた春臣をなぞるように、二人は日常の中で「善いこと」を実践し、報告し合っていた。駅で真央を待ち続ける「募金ちゃん」、ノンデリな職場の同僚・松下、高校の同窓会で再会した春臣の死を知らない同級生……。彼らとの関わりの中でむつみと真央は、春臣の死を、自らのもとへ取り戻してゆく――。

{ この記事をシェアする }

夜の海をゆく人よ

佐原ひかりさんの長編小説『夜の海をゆく人よ』に関する記事をご紹介します。

バックナンバー

佐原ひかり

1992年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒業。2019年「きみのゆくえに愛を手を」で第2回氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、21年に同作を改題した『ブラザーズ・ブラジャー』でデビュー。他の著書に『ペーパー・リリイ』『人間みたいに生きている』『鳥と港』『スターゲイザー』『ネバーランドの向こう側』『リデルハウスの子どもたち』がある。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP