佐原ひかりさんの最新長編『夜の海をゆく人よ』。通り魔から妊婦をかばって亡くなった婚約者の死を引きずるむつみのもとに、婚約者の弟が転がり込んでくるところから始まる今作は、利他の周辺に取り残されているものを丁寧に描いた意欲作です。作家生活5周年作品でもある今作の刊行を記念して、9月5日に渋谷の大盛堂書店で行われた佐原さんのトークショーから、抜粋してお届けします。聞き手は編集担当の黒川が務めました。
第二回は、『夜の海をゆく人よ』が始まるまでについてお話しています。
(全三回の二回目/はじめから読む)

* * *
新幹線の終電を逃したって構わない!
佐原:黒川さんは、そもそも最初、何をお読みになって私にオファーをくれたんでしたっけ?
――『人間みたいに生きている』です。めちゃくちゃ文章がうまい! と思って衝撃を受けました。それで、過去作も拝読したら、すごく色々書いてらっしゃるじゃないですか。青春小説だけじゃなくて、いろんな年代の人を主人公にされてるし、男女ともに書かれてるし、色々書ける方なんだなと思って。で、とにかく文章がうまい、読みたい! という気持ちでした。朝日新聞出版さんにご紹介いただいて初めてご連絡したのが、2022年の11月ですね。
佐原:22年の11月! 4年前! すみません、めっちゃ時間かかってますね(笑)。
――その後2023年2月に京都にお伺いして、和食屋さんでお食事しながら色々お話ししたのが初めましてです。
佐原:そうだ、近所の日本酒がいっぱいある和食屋さんでしたね。
――私その日、名古屋の実家に帰ろうと思っていたので、京都に泊まる気が全然なかったんです。
佐原:そうだったんですね、でも夜でしたよね。
――はい。当時、佐原さんも締め切りを抱えてらっしゃったので、そんなに遅くまでお時間をいただくわけにはいかないとも思っていて、そんなに遅くはならないところで解散しましょうねって話を確かしていて。でもお話が盛り上がりすぎて、気づいたら終電が終わっており(笑)。
佐原:え!? そうなんですか!?
――そうなんです、新幹線の終電が終わってて。途中で私も、京都で泊まっちゃえばいいかと思って、時間を気にするのをやめたんですけどね。当時はこんなにインバウンド需要もなくて当日にホテルがパッと取れましたし、7,000円くらいで泊まれたんで(笑)。……これって、言ってなかったんでしたっけ。
佐原:知らなかったかもしれない、今初めて聞いたかもしれない(笑)。私すごい呑気に「じゃあ、また~」とか言って(笑)。しかも確か、家から徒歩3分ぐらいのところに来てもらった記憶が……。
――そうでしたか、じゃあ言わなくて良かったかもしれません(笑)。でも、お話があまりにも楽しく盛り上がり、逆に締め切りがあるっておっしゃってたのに申し訳ないなと思っていました。
その後、メールなどのやり取りはしていたのですが、次に直接お会いしたのは『スターゲイザー』の取材稼働日ですね。
佐原:そうだ、私が今までで唯一天気に負けを喫した回なんですけど。『スターゲイザー』という作品を集英社さんから2024年に出させていただいて、その時に「小説幻冬」さんでご取材いただいたんですよね。
――はい、瀧井朝世さんというライター・書評家の方が新刊についてインタビューする連載です。集英社さんに8月30日に依頼をしているんですが、その日が本当だったら取材日だった日で。
佐原:大雨で新幹線が止まってしまって東京に行けなくなって、元々入ってたスケジュールをリスケしたので、だったら小説幻冬さんもどうぞって(笑)。それは良いことなんですけど、私は取材のあとで宇多田ヒカルのコンサートに行くはずだったのに行けずという回でございました(笑)。
――それは悲しすぎますね……。取材の席で久しぶりにお会いして、その年の11月に京都でもお会いしています。これは私が文士劇を見に行ったあとですね。
佐原:文士劇という、作家さんが舞台に立つ演劇があるんですけど、関西の作家さんが中心の「なにげに文士劇」っていう文士劇の公演があったんですよね。
――そうなんです。それで大阪に観劇にうかがって、そのタイミングでお時間をいただきました。クレープを食べながら、こちらもまた、かなり長い時間お話ししましたよね。
「ネトフリで実写化されるようなどエンタメ」を目指したが……
佐原:夕方の閉店まで粘ってしまって(笑)。この時に具体的な内容についてご相談をして、色んな取材とかでも言ってるんですけど、最初はネトフリで実写化されて、もうウハウハ、笑いが止まらんくらいのエンタメものを書こうみたいな話をしていて(笑)。
――ちょうど「地面師たち」がめちゃくちゃ流行っていた頃だったんです(笑)。
佐原:「ネトフリ夢あるな」って話から、とんでもないエンタメを書いてやりましょうよって最初は言ってたんですよね(笑)。
――それで、「エンタメだったらやっぱバディじゃないですか」「そうですよね、バディものですよね」って。
佐原:さらに、その時私が、韓国のホラー映画の『破墓』っていう作品にハマっていて。シャーマンの師弟を描いた作品で、女性が師匠で、男性が弟子にあたる、この師弟関係がすごく私の中でトキめいていたので、「男女バディで行こう」みたいな話をして(笑)。
――男女バディだけど恋愛には絶対にならない関係でと。
佐原:それで、じゃあプロットを……となって、出してみたら全然違うやつが誕生してしまいました(笑)。
――プロットの前に3つ佐原さんから作品の種みたいなご提案をいただいたのですが、それが12月24日に届いたんです。クリスマスプレゼントじゃん! って思ったのを覚えています。
佐原:24日の23時54分に送ってますね。すみませんでした、こんな深夜の時間に送りつけて(笑)。
――全然です、本当にサンタさんみたい(笑)。私は次の日に「クリスマスプレゼントをありがとうございます!」ってメールをお返ししていました。
佐原:ここにそのメールがあるので見てみますね。
1個目が謎の本を探す話。同級生バディって書いてある。その時ちょうど、学校を舞台にした青春ローファンタジーみたいなものを、一回ぐらい書いておきたいなって気持ちがあったんですよね。えーと、ん? 自分で書いた覚えがなさすぎて、何の話か分かんないな、これ(笑)。「ある日、転校生から作家の父(故人)が最後に書いたという本の在処を訊かれる。心当たりのない主人公だが……」ちょっとあんま分からないです、これ(笑)。
(会場:笑い)
佐原:2個目が「善行協定を結んだ二人」。これが『夜の海をゆく人よ』の大元ですね。私ずっと、「エディ・ウッド・ゴー」っていうフレーズがすごく気になっていて。ハワイの伝説的なサーファーのエディ・アイカウが、ある時船にライフセーバーとして同乗するんですけど、その船がひっくり返っちゃって、みんな助けないといけないって、エディだけがその船を離れて助けを求めに行くんです。残ってた人達は、その後偶然見つけてもらって全員助かったんですけど、エディだけが、そこを離れたことによって行方不明というかになってしまった、っていうエピソードをずっと覚えてて。黒川さんにも話したことがありましたよね。
――最初にお会いした時にもうかがっていました。
佐原:それを2個目に書いていますね。「Aの生前の口癖は『エディ・ウッド・ゴーだよ(要約すると、勇者ヒンメルならそうした、みたいな感じです)』」いきなり『葬送のフリーレン』の話をぶっこんでるんですけど(笑)。
3個目は何だ?「記憶の補填屋、SFお仕事男女バディもの。記憶喪失になってしまった人の、その直前の記憶に入り込んで、失われた記憶の箇所を」……どういうことだ?「周囲の人間を演じることでエピソードを」……ちょっとすみません、読んでて意味が分かんない。「記憶を作って金繋ぎしていく感じ」……よく分からないんですけど、何かやりたかったんだと思います(笑)。
その中で2個目を、前から話してたし、ということで選んでいただき。
――そうですね、2で行きましょう、という話になりました。そのあと2025年4月くらいにプロットをいただいて。
佐原:最初のプロットだと、名前が全然違いますね。『夜の海をゆく人よ』の主人公は「倉田むつみ」っていう名前なんですけど、最初出したプロットでは「倉田睦月」になっています。真央は真央のままですね。亡くなった元婚約者の「春臣」は「友樹」でした。
「睦月」をなぜ「むつみ」に変えたかと言うと、その時ちょうど『人間みたいに生きている』の文庫のゲラ作業をやっていまして、で、この中に「睦月」っていう友達が出てきてて。漢字も全く同じだったんですよね。主人公の呼び名を「むっちゃん」にしたくて、「む」の呼び方は変えたくないから「むつみ」に変えた覚えがあります。
友樹がなんで春臣に変わったのかがちょっと思い出せないですね……。
――字面がバランス悪いかもっておっしゃっていた気がします。
佐原:あ、私がですか?
――はい(笑)。
佐原:へー! そうなんだ(笑)。
――もっと堅実そうな感じの字面が良いかも、みたいなことを電話でうかがったような気がします。会社に「上野友樹」って縦に書いたり横に書いたりしたメモが残ってたような……。春臣も、最初は違う漢字でしたよね。
佐原:「春」を「晴」にしてましたね。「晴」にするか「春」にするか悩んだんですが、「晴」は『ブラザーズ・ブラジャー』の「晴彦」の「晴」が読者の皆さんの中で印象がついているかもしれないと思って、「春」に変えました。
黒川さん、プロットを出した時に訳わからなさすぎて電話くださいましたよね(笑)?
――佐原さんからメールで「多分わからないと思うんで電話してください」といただいたので、じゃあありがたく電話させていただきます、という感じでお電話したんだと思います(笑)。
佐原:私プロットでは、あらすじというよりは、何がしたいかを書くんですよね。感情の変化がこうなっていきますとか、こういうところが軸ですっていうのを、バーって書いていくので、わかりづらくはあると思って。
――プロットではタイトルが違っていましたよね。
佐原:『迷い星のコンパス(仮)』っていうタイトルになっていますね。「迷い星」は、惑星のことです。タイトルもプロットを確認する電話で一緒に考えていただいたんですが、「コンパス」って言葉は、指針とかどこかに向かっていくっていうニュアンスが入るので良いですねと言うことで仮タイトルを『迷い星のコンパス』としました。でも、パッと聞いた時に漢字が思い浮かばないのと、ニュアンスがちょっと伝わりづらいかもという懸念があり、実際に原稿を書いたタイミングでタイトルを『夜の海をゆく人よ』に変更しました。
――あと『スターゲイザー』と星が重なるっていうところもありましたよね。
佐原:そうだ、そうだ! 私まだ5年目で8作目で、だからどうにかなってるんですけど、ベテランの方ってどうやって回避してるんですかね? 私「夜」と「海」も今度から使えなくなってしまって。
――2つも使ってしまいました……。
佐原:そうなんですよね。「鳥」と「港」もダメでしょ。
先ほどお話した「睦月」もそうなんですが、私、自分が書いたキャラクターのことを全然覚えていられなくて。作品を書き終わったら自分の中から出て行っちゃう感覚があって、だから続編が書けないんです。まだ自分の中に残っている人の分しか見てあげられなくて。名前も忘れちゃうので危ないな、とは思ってるんですけどね。
(続く)
夜の海をゆく人よ

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