
佐原ひかりさんの長編小説『夜の海をゆく人よ』が発売となりました。。物語の空気感はひんやりとビター、過去作でも武器となっていた「この状況でどんなことが起きたら一番面白く、一番意外か?」という想像力が、スリリングな展開を次々と導いています。執筆の裏側についてうかがいました。
(小説幻冬9月号より転載)
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――佐原さんは物語にファンタジー的な想像力を大胆に取り込むこともあれば、現実で起こり得る特別な出来事、現実に存在し得る隣人たちの心情をとことん緻密に積み上げていくこともあります。どちらの場合でも、他では見ることができない特別な関係性が必ず登場しますよね。
本作の主人公である二〇代後半の大学職員・倉田むつみも、元婚約者の弟と同居している、という特別で稀有な関係性を築いています。この関係性はどのように発見していったのでしょうか。
バディものを書いて欲しい、と編集さんに言ってもらったことが出発点でした。打ち合わせでは「ネトフリで実写化されるような、どエンタメにしよう!」という景気のいい話で盛り上がったんですが、実際にプロットを作っていったら全く違うものになりました。バディだけは設定として残っています。
仲良くしていた三人組の一人が欠けて、二人になっているという状態なんですよね。その二人が、お互いに支え合って生きている。
──欠けた一人というのが、元婚約者の上野春臣です。大学院生だった彼は四年前に、通り魔から妊婦をかばって刺殺されてしまった。生前の彼は、日頃から利他的な行動を怠らない人物で、その根幹にあった思想が「エディ・ウッド・ゴー」です。冒頭で詳しく記述されていますが、ハワイでよく使われている言葉だそうですね。
「世界ふしぎ発見!」(二〇二四年に放送終了したTBS系の情報バラエティ番組)で知った言葉でした。ハワイのサーファーでライフガードでもあったエディ・アイカウという人は、同乗していた船が転覆した時に、サーフボードを漕いで一人で助けを求めにいったんですね。その数時間後に船は偶然発見されてクルーも全員助かったんですが、エディだけは海に消えてしまった。
「エディ・ウッド・ゴー」、つまり「エディなら行く」という言葉は、困難や危機に直面した時に、自分を奮い立たせるための言葉として現地で使われているそうなんです。そのエピソードが心にずっと残っていて、春臣という人に結び付いていきました。

──春臣の弟である真央が、むつみと兄が同棲していたマンションに自分を住まわせて欲しいと言ってきたのが、約一年前のこと。物語の序盤では二人の同居生活が描かれていますが、春臣の月命日だったこの日、二人はその月にお互いがした「善い行い」を報告し合っています。春臣が生きていたら必ずするであろうことを、残された自分たちはすべきだと二人は考えています。
私自身、何か善いとされる行いをする時にためらってしまう感覚があるんです。そこでルールとして、例えば募金箱を見つけたら絶対五〇〇円を入れるとか、困っている人を見かけたら絶対に助けるっていうことを自分の中で決めておいたら、実行に移しやすいんだけれど、それって本当に善なのか、利他と言えるのか、言えないのか。
──面白いのは、この取り決めがあるからこそ、日々のふとした瞬間に二人は春臣のことを思い出すことになるということ。亡くなって四年経った今なお、春臣は大きな存在感をまとっているんです。
その状況に潜んでいる危うさが読み進めるうちにじわじわと浮かび上がってくる感触はスリリングでした。
最初のプロットでは、むつみと真央は別々の家で暮らしていて、定期的に会って話をするような関係だったんです。でも、二人にはもうちょっと近づいて欲しいかなと思って、同居させることにしました。一緒に住んでいなかったら、たぶんここまで春臣のことを思い出すとか、引きずっているような感覚は出なかったかもしれません。二人の関係も、助け合っているようでいて、実はお互い縛り付けているんじゃないかという状況に、近すぎるからこそなっている。
二人は故人をずっと偲んで儀式みたいなことをしながら一緒に暮らしているんだけれども、無理が生じているんですよ。真央にとっての春臣の死と、むつみにとっての春臣の死は、傷の深さであったり部位は違うはずなんです。全く同じ、というのは絶対に無理。それを一緒にしようとすることで生じる歪みみたいなものは、どうしたって出てきてしまう。
──むつみと真央の関係性に刺激を与える他者が登場し、そこから物語は意外な方向へ動き出していきますね。
二人だけの世界だったところに、いろいろな人たちが関わってくることによって、むつみは真央との関係を見つめ直したり、変化を意識せざるを得なくなっていきます。
例えば「募金ちゃん」は、駅前でお手製の募金箱を持って、真央を待ち続けている女の子です。人へのアプローチの仕方としては正しくないんですが、そういう名目やルールを手に入れることでしか、人に近づけない。「善い行い」をするというルールを自分に課しながら生きているむつみは、彼女にシンパシーを抱いているというか、自分を見ているような感覚がどこかにあるんだと思うんです。
(続きは明日、公開します)
取材・構成/吉田大助 撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)












