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愛の病

2026.10.23 公開 ポスト

今だって楽しいよ狗飼恭子

年に一回だけ会う友人たちとお風呂屋さんに行った。

なんだかお風呂屋さんにばかり行っているような気がするけれど、それほど体力に自信のないそれなりの年齢の人々にとって、遊びというのはお風呂かお酒か食事か甘いもの、それとお喋り、くらいのものである。都内のターミナル駅で待ち合わせし、「久しぶり」とか「元気?」とかじゃなくて「やっぱり東京は人が多いねえ」と言い合って移動する。

うち三人は女湯、一人は男湯利用者なので、じゃあまたね、と時間も決めずに別れる。先にあがったほうは広間でビールを飲んでいればいい。もう何十年もの付き合いなので、細かいことはあんまり気にしないし、だいたいのことはお互い許容しあっている。

 

いくつもあるお風呂のほぼすべてに順番に入っていく。全員熱いお湯が苦手でサウナも苦手なため、それほど長くは入れなかった。

一時間ほどで風呂を上がる。ドライヤーがリファだ、こっちはダイソン、絹女もあるよ、などとひとしきり盛り上がる。汗も引かないしすっぴんでいいよね、と言って作務衣みたいなお揃いの服で三人で広間へ向かうと、ちょうど友達も男湯から出て来たところであった。気が合うものだ。

全員ビールで乾杯をする。

わたしはお酒が弱いのでジョッキ一杯で充分だが、他の三人はそれなりに飲めるので、焼酎とか日本酒とかハイボールとかをお代わりしてどんどん飲む。

会話は大抵健康についてで、この一年で誰々がこんなふうで、あんなふうで、こんな治療を受けて、みたいなことを話しあう。あとは家族と仕事。ああ大変だったね、お疲れさま、言い合って枝豆をつまむ。

わたしたちは同じ高校に通っていた。

でも学年は違っていて、わたしを真ん中に、上に二人、下に一人だ。住んでいる場所も今ではばらばらで、三つの県から集合している。仕事も全然違う。環境も。

趣味も主義も嗜好も違う。なんで仲良しが続いているのかな?よく分からない。

お酒もすすんでお腹もいっぱいになった頃、

「昔って何の話してたんだろうね?」

と一人が言った。

「恋愛とか?」

と一人が言った。でもそんなに恋愛についてばかり話していた気もしない。夢とか?進路とか?

「あんなにずっとよく話すことあったよね」

とまた一人が言った。確かにそうだ。放課後会って、帰宅が遅いと親に怒られるくらいの時間まで、ずっとずっと話をしていた。

楽しかったよな、と思う。いっつもげらげら笑ってた。たぶんほんとに他愛もないことだったんだろう。

今だって楽しいよわたしはあなたたちといると。

と言いたかったけど言えなかった。わたしよりもよっぽど社会性を持った彼らにとっては、他愛のない会話はもう必要がないかもしれないから。

親のこと、子どものこと、お金のこと、健康のこと、未来のこと、社会のこと、気候のこと、心配がいっぱいあるほうが普通だ。

帰り際にみんなとハグして、ひとりだけ違う方向の電車に乗った。

また来年も会えるかな。会いたいな、とずっと思ってることは、きっと言葉にしなきゃいけないんだろうな。どんなに気の知れた間柄でも。すっぴんで会える仲でも。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

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平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

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狗飼恭子

1992年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「ストロベリーショートケイクス」「スイートリトルライズ」「遠くでずっとそばにいる」「風の電話」「エゴイスト」、ドラマ脚本に「忘却のサチコ」「神木隆之介の撮休 優しい人」「OZU 東京の女」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。2025年8月22日から脚本を担当したドラマ『塀の中の美容室』(WOWOW)が放映。

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