実家に帰って二泊して、そろそろ帰ろうというときに父が「そう言えば」と言って大きな瓶を出してきた。
梅干しが入っていた。
「棚の奥に入ってたんだよ」
台所はずっとずっと母のものだった。毎日三回ご飯をきちんと作ってくれる母と暮らしていたせいで、わたしも父も、母がいなくなるまでほとんど台所に立たなかった。
母が他界してもう随分たつ。
今では父は毎日三回、自分のために料理をしている。一汁三菜きちんと。外食は疲れるしレトルトもあまり好まないから必然的にそうなったらしい。朝ご飯だって粗末にせず、毎食スープと卵料理、そして林檎半分が添えられている。わたしよりたくさん食べる。お正月にはおせちとお汁粉とお雑煮まで作る。
わたしは料理をまったくしないから、実家に帰ったら父の手料理を食べる。母の手料理はもう食べられないから、そのうちに父の味が「実家のご飯」になるのかもしれない。それは悲しいことではなくただの事実だ。
そんなふうに思っていたときに現れたのが梅干しの瓶だった。大量のタッパーの奥の日の当たらない場所にひっそりとあったのだという。
「これお母さんが漬けたのかな?」
「どうだろう」
わたしと父はガラス瓶の中を覗き込む。梅干しの実はほぼ見当たらず、ほとんどシソ漬だった。種はあるから、実だけ溶けてしまったのかもしれない。ペクチンみたいな、柔らかく固まったジェリー状のものもある。見ているだけで唾が出る。
「少し貰っていい?」
「全部持ってっていいよ」
父はすっぱいものが苦手で、梅干しは食べないのだった。
母が作ったものかもしれないのにいらないの? と少し思ったけれど、でもまあそういうものなのかもと思いなおす。
ママレードの空き瓶をもらって、瓶の中身を移し替える。
全部持っていくのはやっぱり悪い気がしたから四分の一ほど。なくなったらまた貰いにくればいい。この台所に母の作ったかも知れない梅干しがあることが大事なのだと思った。
もともとわたしには、朝、お湯に梅干しを入れて飲む習慣があった。だからこのもらった瓶の中身もお湯に入れて飲んでいる。
梅の実はちょっとしかなくてもったいないから、シソしか入れないことのほうが多い。
シソを入れたお湯は淡い赤紫色になる。少し塩味のある色付きのお湯。美味しいわけじゃないけれど、でも飲む。そうして一日を始める。元気がない日や気合を入れたい日には特別に梅の実を少し入れる。
これは母の梅干しなのか?
母が梅干しをつけていた記憶は、わたしの頭の中にはなかった。母の姉に当たる親戚の叔母が漬けたものを貰っていた記憶はある。これは母のではなく叔母の梅干しかもしれない。でもその叔母だって、もう他界してしまっている。
梅干しっていったいどれくらいもつのだろう? 十年? 二十年? 百年? ちびちび食べれば、わたしが死ぬ日までこの梅の入ったお湯を摂取することができるかもしれない。
母がつけた、あるいはただ長いこと母が保管していただけの梅干し。
もういない人の梅干し。
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愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。














