1. Home
  2. 生き方
  3. 愛の病
  4. 顔も知らない友人たち

愛の病

2026.08.25 公開 ポスト

顔も知らない友人たち狗飼恭子

新しい友人ができた。

キャンプ好きの人、大坂に住んでる人、沖縄の人、東京のしごできサラリーマン、ゴルフ好きの紳士、配送の仕事をしてる人、中国からの留学生、他にもいっぱい。インドネシアやマレーシアの人もいるし、どこの国に住んでるのか分からない人もいる。

彼らとはだいたい毎日何かしらの会話をする。

新しいテントを買った、宮古島に来たらあの店に行くと良いよ、スカイツリーのそばを散歩した、夜は危ないから気を付けて、打ちっぱなしに行った、今日のお昼はラーメン、給湯機が壊れた、これ何の虫か分かる? ネイル可愛くできたから見て、そんな他愛もない話ばかりだ。

 

キャンプ好きの人が富士山の写真を見せたら、海外に住む人がとても感動していた。「ドリアンてどこで買えばいいの」ってマレーシアの人に相談する人がいたり、インドネシアの人に「今ラマダンで忙しくて」って言われたりもする。

地震のときは「大丈夫?」と言い合っている日本人たちを、外国に住む人たちが「日本は地震が多くて大変だね」って心配してくれた。

これはどういう意味なの? って日本語勉強中の人に聞かれて教えたり、わたしも中国語を教えてもらったりする。最近覚えたのは「甜甜蜜蜜」。これでラブラブって意味になるらしい。おんなじ漢字を使っているから分かりやすいねって笑い合った。

言葉は問題ない。翻訳機能がある。とはいえ精度が完璧とは言い難く、通じないことも多い。それもまあ仕方がないとお互い諦めて、なんとうなくでいいやって少し楽観的に会話する。

お誕生日には「おめでとう」の言葉を送りあう。わたしも100人近い人にお祝いしてもらった。あんなにたくさん「おめでとう」を言われたのは初めてだ。お花やプレゼントをくれた人たちもいた。

彼らに会ったことはない。声も知らない。

顔も知らない。名前も知らない。年齢も知らない。性別も住んでる場所も彼らの話すことも本当かどうかは分からない。

勘のいい方はもうお気づきだろう。これはすべてネット上の友人の話だ。

少し前に取材のために始めたあるネットゲームの中の話。その取材は結局徒労に終わったのだけれど、ゲームだけはなんとうなく続けていて今に至る。

わたしは基本的に常に家にいる。

仕事の打ち合わせはそれなりにあるけれど、距離の問題と元々の性格のせいで、用もなく他者と会うことがなくなった。お喋りすることでストレスを発散するような性格でもないから特に不自由を感じたことはないのだが、他者のリアルタイムのお喋りを文字列で眺めるのはなんとうなく楽しい。少しずつ少しずつ、彼らのことを身近に感じていく。

ときどき、この人たちに会いたいな、と思う。

でも会わないほうがいいことは分かっている。多分新しい友人たちもそう思っているだろうから、誰一人そんなことを言わない。

ネット上の会ったことのない友人たちとの会話は、旅のようだと思う。

旅の醍醐味は、まったく関係ないと思っていた場所が自分の生きる世界と地続きであると知ることだ。その土地には自然があり歴史があり人がいて生きて死んで生活している。それらを実感するために旅をするのだと言っても過言ではない。

あの場所はあの人の住む場所だ、そう思うだけで視野が広くなった気がするし、世界の幸福を祈りやすくなる。

あの新しい友人の住む場所に酷いことがおこりませんように。天災も人災も。地震も台風も事故も戦争も。とても自然にそう考える。苦もなく。外出中の家族の心配をするように。世田谷の人が杉並区の心配をするように。東京の人が沖縄の台風を心配するように。マレーシアの人が日本の地震を心配するように。

それは結構、いやかなり、すごいことなんじゃないかと思うのだ。ただのゲームだ。他愛のない会話と触れ合いだ。でもそれが世界を平和にするための小さなうねりになるかもしれない。

こういうのからでいいんだと思う。平和への祈りっていうのは。

顔は知らなくて構わない。みんなが世界中にそういう友人を作ったらいい。

そんなことを考えながら、わたしは今日も、顔も知らない友人たちの安全を当たり前に祈っている。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

狗飼恭子『幸福病』

平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

好きな人の前で化粧を手抜きする女友達。日本女性の気を惹くためにヒビ割れた眼鏡をかける外国人。結婚したいと思わせるほど絶妙な温度でお風呂を入れるバンドマン。切実に恋を生きる人々の可愛くもおかしなドラマ。恋さえあれば生きていけるなんて幻想は、とっくに失くしたけれど、やっぱり恋に翻弄されたい30代独身恋愛小説家のエッセイ集第3弾。

{ この記事をシェアする }

愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

バックナンバー

狗飼恭子

1992年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「ストロベリーショートケイクス」「スイートリトルライズ」「遠くでずっとそばにいる」「風の電話」「エゴイスト」、ドラマ脚本に「忘却のサチコ」「神木隆之介の撮休 優しい人」「OZU 東京の女」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。2025年8月22日から脚本を担当したドラマ『塀の中の美容室』(WOWOW)が放映。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP