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小栗上野介 忘れられた幕末の異才

2026.10.06 公開 ポスト

幕末のサムライがアメリカで驚いたこと――小栗上野介、10カ月の「異国体験」一坂太郎(萩博物館特別学芸員・防府天満宮歴史館顧問)

国際社会の中で、日本が対等な扱いを受けるにはどうすればよいのか。現代社会の課題は、小栗忠順らが生きた幕末の時代にも通ずるものがあります。遣米使節が見たもの、そして、忠順が果たそうとした役割とは何だったのか? 今回は『小栗上野介 忘れられた幕末の異才』から一部抜粋してお届けします。

*   *   *

「西洋人は敵」という思い込みはどう変わったか

正副使の容貌風采ふうさいについての観察を、アメリカ側の「ハーパー週報」が掲載している(尾佐竹『夷狄の国へ』)。

正使新見は身長およそ五フィート半(約百六十八センチ)、小柄で猫背。面長で鼻は一種独特の形で、その容貌中最も目立つ。

副使村垣は正使よりも二十も年上に見え、容貌は明らかに一層醜い。歯の多くは失われており、残っている分もすこぶる状態が悪い。温和な顔の正使に比べてより厳格で、より知的である。

そして使節のような容姿では、熱烈な恋に陥るアメリカ婦人は少ないだろうと、ずいぶんと酷評する。しかし、ポーハタン号士官のジョンストン中尉のように正使を「寡黙だが温和慈愛の相があり、極めて親しみやすい」「平和な気質と親切な心の持ち主」「非常に上品で万国共通の上流社会の特徴を偲ばせる」などと、好意的に書く者もいた。

一方、忠順の従者として渡米した熊本藩士木村鉄太郎の手記「航米記」に見られるアメリカ人観の変化は、考えさせられるものがある。

木村は日本では「欧羅巴(ヨーロッパ)人を犬馬の如く思ふもの十に八、九、或いは彼等を殺害するものあり」で、イギリスが中国を打ち負かしたアヘン戦争などの情報もあって、敵視していたという。ところが、実際西洋人に接したら、そのような先入観は粉砕されてゆく。

「外人を恵む兄弟の如し。就中なかんずく、米利幹は新国にて人質じんしつ殊に温にして、前に言如く我が朝(日本)の人を愛する事兄弟より親しく、其の深慮は分ち難しといへども、是れ則ち正直と見ゆ。もし、我が朝人是れを見る時は、何ぞ殺害の心起こるものありんや」

と、西洋人に対して偏見を抱いていたことを反省している。あるいは木村は、アメリカの「高官の者といへども、猥みだりに下人を侮り、或いは己が権を震ふるふ事なし」といった人間性にも、感心した。そして使節団の七十七人の大半は最初、西洋を憎んでいたのだが、その実際を知ると「皆前非を悔ひ、夢のさめたるが如し」なのだという。

国家と国家の関係は、政治的外交だけではない。生身の人間同士が国境を越えて付き合うことで、生まれる。忠順もまた、同様の思いだったであろう。

洋食に苦戦するサムライたち──「バター入りご飯」が口に合わない

使節一行が汽車でワシントンを発ったのは、四月二十日朝のことだった。やはり見物人が押し寄せ、祭のようだったという。市街を抜け、平原を走り、ボルチモアに到着して市長や市民から大歓迎を受けた後、消防演習を見る。

歓迎のダンスパーティーでは十七歳の立石斧次郎が、物おじせずに飛び回るなどして注目された。通詞立石得十郎の甥で従者である斧次郎は神奈川運上所で英語通詞の見習いをしていたが、遣米使節団の話を聞き、無給の通詞として参加したのである。以後「トミー」の愛称を付けられ、美少年だったから特に婦人たちの間でアイドル的人気を博す。維新後は長野桂次郎の名で、明治四年(一八七一)の岩倉遣欧使節団に二等書記官として従ったり、工部省や開拓使に出仕したり、ハワイ移民事業に係わったりして大正六年(一九一七)一月十三日、伊豆で没した。

ホテルに一泊後、再び汽車でフィラデルフィアに向かったが、その途中、汽車を蒸気船に載せてサスケハナ川を渡った。一行は度肝を抜かれたようで、「村垣日記」には「奇なる事驚くばかりなり」とし、眠っていたら大河を渡ったことも分からなかっただろうと言う。村垣は汽車の旅を、次のように詠んだ。

「野も山も 見るめとまらず いととくも 轟とどろきはしる 車なりけり」

夕方六時にフィラデルフィアに到着すると、やはり大歓迎を受けて「手広く、美を尽くしたり」というホテルに入った。

ここでのこととして、「村垣日記」には珍しく食事に対する不満が述べられている。車中でパンを食べたのみで、空腹だった村垣らは、豪華ホテルだったから「よき料理」が出ると、大いに期待していた。ところが出されたボートル(バター)入りご飯が、どうしても口に合わない。ボートルを入れないでくれと通詞に言うが、話がなかなか通じない。ついにはボートルの代わりに、砂糖を入れて搔き混ぜた飯を出して来た。これも、食べられた物ではなかったので、結局パンで済ませたという。

「おおよそ世界中、食物、風俗一様なる中に、我が国独異なれば、異域の旅行の難儀は筆にも尽くしがたき事どもなり」

と、この日の日記を締めくくっている。

フィラデルフィアには四月二十八日まで滞在したが、その目的につき「村垣日記」には「金貨を造る官舎(造幣局)あれば、其の司等に公事を談ずる事の有りければ、しばし滞在せし事なり」とある。使節が造幣局を訪ねたのは二十六日のことで、市から風景や人物鳥獣の写真七十枚ほどが見られる覗き眼鏡を贈られた。これは帰国後幕府に献上したが、将軍家茂は気に入り、つねに側に置き愛用したという。家茂は万延元年当時、十五歳の少年だった。他にこの地で使節団は、軽気球や花火を見物している。

最後の訪問地は「合衆国第一の都会の地」ニューヨークだった。八千人の軍隊が動員され、祝砲十二発が放たれる中、やはり市民の大歓迎を受ける。その数は五十万人とも報じられた。

小栗たちは何を日本へ持ち帰ったのか

さて、任務を終えた使節団は幕府の方針に従い、早く帰国せねばならない。帰路などについてはアメリカ側と意見が食い違ったりしたが、結局五月十三日、一行はアメリカ海軍の最新鋭軍艦であるナイアガラ号(排水量五五四〇トン)で、日本まで送り届けてもらうことになる。

ニューヨークを出港したナイアガラ号は五月二十九日にポルトガル領サン・ヴィセンテ島ポルト・グランデ(現在のカーボベルデ)に寄港した。六月二十一日に寄港したアフリカ西海岸のルアンダでは、黒人奴隷が酷使されている光景に出くわす。

七月十一日に喜望峰を通過してインド洋に入り、八月十七日にバタビア(現在のジャカルタ)に寄港して石炭を補給し、海軍造船所ではロシア艦が修復されているのを見学する。九月一日に赤道を越えて、同月十日、香港に寄港。香港は十八年前、アヘン戦争に敗れた中国からイギリスに割譲されていた。イギリス兵が日本人を見ようと集まる中国人を、こん棒で殴る光景にも出くわし、衝撃を受けた(村上『小栗』)。

艦上から台湾、琉球の島々、徳之島、そして伊勢の山や富士山などを眺めながら九月二十七日夜九時、三浦半島の松輪村沖に碇泊する。翌二十八日午前九時頃、横浜沖に至ったが「村垣日記」にはその喜びと、時差につき次のように記す。

「東をさして地球を一周すれば一日を増し、西をさして一周すれば一日を滅ずと聞しが、今日御国に帰りて聞かば二十七日也。されば一歳(一年)のうちに一日を得しは一生のとくなり」

二十九日、正副使・目付の三人は朝から執政・参政に挨拶してまわり、さらに江戸城西の丸に上って、桜の間で閣老かくろうたちに復命した。つづいて十月一日、三人はアメリカ領事ハリスを麻布善福寺に置かれたアメリカ公使館に訪ね帰国を報告し、アメリカ滞在や送迎船などに対する謝辞を述べた。

こうして地球を一周した忠順らの、十カ月におよぶ旅は終わる。西洋文明の洗礼を受けた忠順は、新しい国の形を模索するようになるが、それはまた戦いの始まりでもあった。

*   *   *

よりくわしい話が知りたい方は、『小栗上野介 忘れられた幕末の異才』をぜひご覧ください。

関連書籍

一坂太郎『小栗上野介 忘れられた幕末の異才』

幕末動乱期、知られざる異才の幕臣がいた。 33歳の若さで遣米使節に抜擢され、日本人初の世界一周を成し遂げた小栗上野介である。 帰国後はその知見を活かし、幕末最大の建設事業「横須賀製鉄所」の創設に携わるなど、今につながる日本の近代国家としての礎を築いた。 しかしながら小栗に関する史料は極めて少ない。 彼ほど外交感覚や財政手腕に優れた官僚はいなかったにもかかわらず、なぜ斬首されたのか? 「逆賊」の濡れ衣は通説にすぎない? 明治という新時代を見ることなく非業の死を遂げた敗者の人生から辿る、もう一つの幕末史。

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小栗上野介 忘れられた幕末の異才

幕末動乱期、知られざる異才の幕臣がいた。33歳の若さで遣米使節に抜擢され、日本人初の世界一周を成し遂げた小栗上野介である。帰国後はその知見を活かし、幕末最大の建設事業「横須賀製鉄所」の創設に携わるなど、今につながる日本の近代国家としての礎を築いた。しかしながら小栗に関する史料は極めて少ない。彼ほど外交感覚や財政手腕に優れた官僚はいなかったにもかかわらず、なぜ斬首されたのか? 「逆賊」の濡れ衣は通説にすぎない? 明治という新時代を見ることなく非業の死を遂げた敗者の人生から辿る、もう一つの幕末史。

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一坂太郎 萩博物館特別学芸員・防府天満宮歴史館顧問

昭和四十一年兵庫県芦屋市生まれ。大正大学文学部史学科卒業。現在、萩博物館特別学芸員・防府天満宮歴史館顧問。著書に『高杉晋作 長州藩暴走の後始末に費やされた日々』(法律文化社)、『久坂玄瑞』(ミネルヴァ書房)、『暗殺の幕末維新史』『幕末維新の城』(ともに中公新書)、『吉田松陰190歳』(青志社)、『遊清五録 現代語訳』(編訳)、『高杉晋作の手紙』(ともに講談社学術文庫)、『高杉晋作 情熱と挑戦の生涯』(角川ソフィア文庫)など。

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