老後には、「知らなかった」では済まされない問題が次々とやってきます。健康、お金、介護、認知症、孤独、死などなど、不安の尽きないこの世界を、どう生きればいいのでしょうか。
そんな超高齢社会の生き抜き方について、89歳の高齢者であり医学者でもある黒木登志夫さんが、ご自身の経験と医学的な知見、ユーモアを交えてまとめ上げたのが、『高齢者よ、君たちはどう生きるか』(2026年9月30日(水)発売・幻冬舎新書)です。本書から一部を再編集してご紹介します。
* * *
なぜ、部屋は散らかってしまうのか
自分の部屋を見てみよう。居間も見てみよう。いつも物が散乱している。出かけようとすると、スマホが見つからない。財布もない。「捨てるはずはないのだが」などと独り言を言いながら、探してもなかなか見つからない。そのうちに時間に遅れてしまう。中には、物を捨てられない人がいる。つまらない物でも、なんでもとっておく。
雑然と物が散らばり、混乱しているのは、自然の理なのだ。それも高尚な物理学の「熱力学」の理論で証明されている自明の理なのである。熱力学には二つの法則がある。第一の法則「エネルギー保存の法則」はエネルギーの総量は変わらないという法則である。一生懸命、物を片付けると、それに要したエネルギーの一部は物の移動に使われ、一部は汗となり、総量は変わらないということだ。第二の法則は「エントロピー増大の法則」である。「エントロピー、Entropy」とは「乱雑さの尺度」である。物は常に散らかり、エントロピーは増大する。エネルギーを注入して、エントロピーを減らせば、乱雑な状態から回復することができる。
物が散らかるのは、エントロピーが増大するためである。悪いのはエントロピーである。上司、配偶者(彼女/彼も怖い上司だ)に仕事机が散らかっているのを注意されたら、堂々と悪いのはエントロピーだと言えばよいのだ。しかし、散らかったままなのは、エネルギーを使って整頓しようとしなかったあなたが悪いと、鋭く叱られるであろう。その通りである。
「断捨離」・「こんまり」に学ぶ片付け
物が散らかるのが自然の理であれば、人生いつでも至るところで散乱、乱雑などが起こっていることになる。ちょっとの間であれば、そのままにしておいてもよいのだが、しばらく放っておくと、どんどん溜まってしまい、一大決心をして莫大なエネルギーを使わないと片付けられない。まして、人生の終わりの活動(「終活」)の一環としての片付けとなれば、考えるだけで憂うつになる。
片付けは世界共通、人類共通の大問題だ。問題解決の先頭に立つのが、日本人の女性二人である。一人は、やましたひでこさん。断捨離という言葉で片付けの極意を示した。彼女の定義を簡単にまとめると「要らないモノを断つ、ゴミ・ガラクタを捨てる、物への執着から離れる」ことである[*1]。何やら、東洋哲学っぽい。
こんまりは、近藤麻理恵さんのこと。彼女の名前は、KonMari, Kondoingのように、英語の動詞になっているという。2015年のTIME誌の『世界で最も影響力のある100人』に選ばれているのだからすごい。彼女のドキュメンタリーはNetflixで見ることができる。
断捨離は大事業だ。身の回りをきれいにして、さっぱりしようと思うのだが、実際に散らかっている部屋を見ると、先延ばしにしてしまう。そもそも物が多すぎるのだ。タンスに収まりきらない服が、ハンガーラックに掛けられたままになっている。旅行のたびに買い集めた置物や人形が棚に無造作に置いてある。机の上は書類の山だ。本は床積みになっている。まさにエントロピーの仕業である。
あるとき、何の拍子か、今度こそ片付けようと決心する。英語では「Kondo(今度)-doing」という。やっとやる気になり、いらない物を出して並べてみたが、根気が続かず、予定の半分で終わってしまった。これを「半捨離」という。
残った物を気の向いたときに「残捨離」すればよいのだ。あせることはない。

子どもと喧嘩しながら、最後は子どもにしたがう
終活の一環として断捨離を行うのは、正直大変である。それに、終活する人はみんな歳をとっている。歳をとると、高いところの物を下ろしたりすると転倒して骨折を起こしかねない。集中力も続かなくなり、決断力も落ちてくる。出てきた物の山を見てはため息をつくばかりである。その上、いらなくなった物を処分するという仕事もある。熱力学の理論通り、断捨離はエネルギーを使う仕事なのだ。
断捨離には決心が必要だ。声に出して、今度は本当に断捨離をするぞ、と家族に宣言する。みんなに手伝うように頭を下げる。そして、断捨離用の部屋あるいはスペースを作る。ここが戦場となるのだ。
何から始めるのがよいだろうか。こんまりは、衣類から始めるのがよいという。戦場となった部屋に衣類を全部出してみるとどうしてこんなにあるのか驚く。ユニクロのせいだ。安いのでつい買ってしまったのだ。まず、この1年間どのくらい使ったかで大雑把に分類する。1年間一度も着なかった衣類はこれからも着る機会は少ないはずだ。
衣類の次は、本、紙類、小物、思い出の品と進めるのがよいとこんまりはいう。本は、衣類よりも片付けやすい。メルカリで売る手もあるし、ブックオフに引き取ってもらうこともできる。私の場合、8つの本棚いっぱいに本がぎっしり詰まっている。本に囲まれて仕事をするのは気分がよいのだが、片付けの対象として見ると頭が痛くなる。
片付ける順序を部屋で決めるのもよい。最初は自分の部屋だ。家族が本当にやる気になったのだと、感心して見ている。次はキッチン。使わない調理道具、食器、古い鍋などが山のようにあるはずだ。その次に履き物、そして衣類と進む。
断捨離には決断が必要だ。こんまりは、「ときめき(Spark Joy)」を感じられなかったら捨てる[*2]というのだが、ときめきを感じることなどなくなって久しい私は、「残すか捨てるか迷ったら捨てる」を判断基準とした。捨てられない物は、ひとまず段ボール箱に入れておく。捨てているうちにだんだん思い切りがよくなって、迷うことなく捨てられるようになる。
断捨離が難しいのは、どんな物にでも、それなりに思い出があるからだ。子どもに手伝ってもらうと、なんでこんなもの大切にとっておくのなどと言われる。実は自分でもそう思っているのだが、捨てる決断はつかないでいる。私の経験からいうと、彼ら/彼女らの客観的な判断は正しいことが多いので、最後は子どもの意見にしたがうべきである。

紙の書類も片付けるのが難しい。大事な書類もあるし、個人情報が含まれていることもあるので、簡単に捨てられない。私はスキャナーでPDFにして、コンピュータ内にしまうことにしている。最期はコンピュータごと捨ててもらう。
〈断捨離を全部津波がしてくれた〉友笑いおり笑うほかなく 渡部千鶴子[*3]
断捨離は大変にしても、津波が全部してくれるなんて、作者の心情を推して余りある。
メルカリなどのフリマアプリも活用しよう
断捨離の際の精神的バリアーの一つに「もったいない」という気持ちがある。「まだ使えるのに」「誰か若い人が着ないかな」などと考えはじめると捨てられなくなる。でも、なかなかもらってくれる人などいない。しかし、国連のSDGs(持続可能な開発目標)により、不要品のリサイクリングが普及している。インターネットで調べると、古い衣類を引き受けるところがたくさん出てくる。
メルカリなどのフリマアプリを利用すれば、必要な人に利用してもらえるし、小遣い稼ぎくらいにはなる。この本を書くに当たり、はじめてメルカリを利用して、本を売ってみた。システムはよくできているので、直ぐに使えるようになる。何冊かを売り、数千円の収入になった。
生きているうちに寄付しよう
日本には寄付文化がないといわれるが、確かにそうかもしれない。私が最初に寄付らしい寄付をしたのは、バーナード・リーチの家族三代の作品であった。岐阜大学を辞めるとき、お世話になった岐阜県に、癌学会賞の副賞を投じて、イギリスで求めたバーナード・リーチの家族三代の作品6点(美術館の評価によると200万円以上)を岐阜県現代陶芸美術館に寄付した(上の写真)。美術館は特別の棚を作って展示してくれた。家の片隅に置くよりはずっとよい。新型コロナウイルス感染症が流行したとき(2020年)に政府からの一人10万円の特別定額給付金は、コロナ対策で頑張っているところに全額寄付した。長老高齢者になった今は、お世話になった大学などに、ある程度まとまったお金を寄付している。
遺産の贈与という方法もあるが、私は生前贈与を選んだ。お礼の言葉を直接聞けるし、税金の控除にもなる。これは売ればいくらになるかなど考えずに寄付すれば、自分でもよいことをしたと思える。人生の最期だ。善行で締めくくろう。
一番大変なのはデジタル遺産
断捨離がややこしくなってきたのは、デジタル遺産がかなり重要な位置を占めるようになってきたからだ。スマホもパソコン自身もパスワード(PW)で厳重に守られている。中に入っている資料、原稿、写真、動画、音楽、Kindle本、メール、SNS、銀行口座、クレジットカード情報、税金、ネットショップのアカウントなども、すべてそれぞれのPWで守られている。PWの保存が最初の問題だ。
iPhoneはPWなしでは絶対に開かない
2015年12月、カリフォルニア州で、イスラム過激派夫婦により14人が射殺される事件が起きた(San Bernardino事件)。FBIは死亡した容疑者のiPhoneを押収したが、PWが分からず、開けられなかった。裁判所も開示を求めたが、Appleは裁判所とFBIのロック解除要請を拒否した[*4]。FBIは民間企業の協力により開くことができたという。この事例から分かるように、iPhoneのロックを解除するのは不可能である(初期化は簡単にできる)。
PWを秘密にしたまま急逝したら、iPhoneの中に入っている写真などは諦めるほかない。アンドロイドは不可能ではないらしいが、初期化の危険性があるという。もし、生体認証で保護されていたら、お棺の中の本人から指紋を採取するか、デスマスクで認証するほかない。しかし、上記の事件では、FBIが遺体の指紋で試みたが失敗したという。スマホ、パソコンが開かなかったら、遺族はどうしていいか分からず、遺産相続も進まないであろう。

デジタル遺産管理で大事なのは、スマホ、パソコンを開けるPWを残しておくことだ。まだだったら、今直ぐにどこかに書き残しておこう(私はパソコンに貼っている。泥棒がパソコンの前に来ない限り安全なはず)。生体認証はキャンセルして、従来のPW管理に戻しておこう。
PWは生き物である。常に変更を要求される。ソフトごとに少し変えたPWになり、そのうちどれがどのPWか分からなくなる。
朝日歌壇にはPWの短歌がいくつもある。高齢者にとって、PWは通らねばならない鬼門である。
右脳左脳たたいてみても思い出せぬ年金おろす四桁暗番 倉ノ前松[*5]
突然に暗証番号忘れたり老いは静かにしのび寄るなり 佐々木美知代[*6]
顔認証指紋認証パスワードどれがおのれかどれもおのれか 村松敦視[*7]
【脚注】
*1 やましたひでこ『新・片づけ術 断捨離』マガジンハウス、2012年
*2 近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法 改訂版』河出書房新社、2019年
*3 渡部千鶴子、朝日歌壇、2011年8月22日
*4 BBC NEWS “Apple ordered to unlock San Bernardino gunman's phone”
*5 倉ノ前松、朝日歌壇、2016年8月8日
*6 佐々木美知代、朝日歌壇、2004年5月31日
*7 村松敦視、朝日歌壇、2022年3月13日
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病気やお金、介護、死への不安を減らし、人生の後半戦をイキイキと楽しむ秘訣を知りたい方は、幻冬舎新書『高齢者よ、君たちはどう生きるか』をお読みください。
高齢者よ、君たちはどう生きるか

老後には、「知らなかった」では済まされない問題が次々とやってくる。いつまで健康でいられるのか。お金は足りるのか。介護が必要になったらどうするか。そして、どこで最期を迎えるのか。こうした不安の尽きない世界でどう生きるかを、89歳の高齢者であり医学者でもある著者が、自身の経験や短歌、ユーモアも交えて解説する。「せっかちで負けず嫌いな人は、心臓病になりやすい」「見守り装置を活用して、孤独死を防ぐ」など、死ぬその日まで病気をせず、人生を楽しみ切るための知識と知恵を凝縮した、〝老いの教科書〟決定版。
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