老後には、「知らなかった」では済まされない問題が次々とやってきます。健康、お金、介護、認知症、孤独、死などなど、不安の尽きないこの世界を、どう生きればいいのでしょうか。
そんな超高齢社会の生き抜き方について、89歳の高齢者であり医学者でもある黒木登志夫さんが、ご自身の経験と医学的な知見、ユーモアを交えてまとめ上げたのが、『高齢者よ、君たちはどう生きるか』(2026年9月30日(水)発売・幻冬舎新書)です。本書から一部を再編集してご紹介します。
* * *
不健康期間をできるだけ短くしよう
歳はとったが、健康に大きな問題はない。食事が美味しく、なんでも食べられる。ときどき昼寝をするが、夜はよく眠れる。ときには街に出て、若者たちの賑わいに加わる。桜の季節にはお花見を、秋には紅葉を楽しむ。家族も健康だ。子どもが孫を連れて、ときどき遊びに来てくれる。高齢者にとって、一つの理想的な生活ではなかろうか。それも、健康であってこその話だ。しかし、健康のありがたさは失ってはじめて分かる。
尊さに気がつかぬまま生きて知る健康という奇跡の時間 沼沢修[*1]

「健康寿命」という考え方がある。「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問に「ない」と答えれば健康、「ある」と答えれば不健康として計算したのが「健康寿命」である。図2-1は2022年の日本人の健康寿命と不健康期間である[*2]。男性は81.1年の寿命のうち、最後の8.5年、10%強が不健康期間、すなわち医療、介護などのお世話になっている年数である。女性は、11.6年が不健康期間になる。この医療、介護のお世話になっている不健康期間をどれだけ短くして、人生を楽しむかが、老人にとって重要である。

高齢者はどんな病気にかかっているか
高齢者は病気のデパートである。小児科と産科を除くほとんどの科に高齢者はかかっている[*3]。心臓病、がんのような命に関わるような病気だけでなく、生活の質に関わるような歯科、眼科、整形外科の病気にも高齢者は悩まされている。図2-2に75歳以上の高齢者に多い12の病気を多い順に並べた。一番多いのは高血圧である。その有病率(集団の中で病気の人の占める割合)は35%、3人に一人は血圧が高いのだ。高血圧は心臓病(3位)と脳血管障害(8位)の原因となるだけに、高齢者は血圧をコントロールすることが大切だ。幸い、よい薬が出ているので、高血圧には対応できる。

第2位は歯科関係の疾患である。20%近くの人が、歯周病などで歯医者のお世話になっている。歯周病が進むと歯が抜けるだけでなく、誤嚥性肺炎など致死的な病気の誘因にもなる。介護施設は、肺炎予防のため、歯の検診を定期的に行っている。がんの有病率は、意外に低く、4位(7.8%)である。
厚労省のデータによると、75歳以上の後期高齢者の3.4%が入院し、そのうち6.3%が生命に危険がある患者という[*4][*5]。
高齢者が特に注意しなければならない病気として、心臓病、がん、認知症、老衰、肺炎、骨折がある。これらの病気については、前著『死ぬということ』に詳しく述べたので、大事なことのみを以下で再指摘することにする。
心臓病で死なないために
男女とも、心臓病で死ぬ人は前期、後期、長老高齢者になるにしたがい、少しずつ増加し、男性では高齢者の15~17%が心臓病で死んでいる。女性は、意外にも、男性よりも心臓病死が多く、死亡者の20%前後である[*6]。これは女性のがんによる死亡が、男性よりも少ないため、相対的に心臓病死が増えているためであろう。
エディンバラ大学のマーレイ(S. A. Murray)らは、心臓病(心不全)、がん、認知症の進行を分かりやすい図で示した[*7]。心臓病は、発作のリスクとともに進行していく(図2-3)。心臓病になったら、定期的に診察を受け、リスクを回避することが何よりも大事である。

心筋梗塞の恐ろしさを数字から学ぼう
心臓病の中でも心筋梗塞が一番多く、約19%を占めている。その恐ろしさを数字で示そう。
・病院外で死んでしまう人:52%
・胸痛から心停止までの時間:1時間以内が86%、うち瞬間死が25%
・入院してから死ぬ人:約8%[*8]
循環器病による突然死は、高齢者に多いので、高血圧、高脂血症などにならないように定期的に医師の診察を受けるなどを心がけてほしい。
私は62歳のとき、狭心症になったが、適切に治療をしたおかげで、その後27年間再発はない。その経験は前著(『死ぬということ』)に詳しく書いた。
直ぐに救急車を呼ぼう
次に示すような病気が疑われるときは直ちに救急車を呼ぶべきである。日本は、世界でも珍しいことに、救急車は無料である。
・胸が激しく痛い、ニトロペン3錠飲んでも胸痛が続く(狭心症、心筋梗塞の疑い)
・背中がすごく痛い(大動脈解離、大動脈瘤破裂の疑い)
・脈が乱れている(不安感を伴う脈の乱れ、50以下の徐脈、120以上の頻脈)
・激しい頭痛(くも膜下出血の疑い)
・脱力、麻痺、めまい、ふらつき、言葉が出ないなどの神経症状(脳出血、脳梗塞の疑い)
このようなときは直ぐに救急車を呼ぶ。救急車を呼ぶべきか迷ったら、#7119に電話する(警察に相談すべきかどうか迷ったら、#9110に電話)。

心臓病と性格の知られざる関係
前著には書かなかったが、心臓病には性格も関係している。1950年代のある日、サンフランシスコの循環器内科医のフリードマン(M. Friedman)は待合室の椅子の張り替えを頼んだ。職人が言うことには「循環器内科の椅子はなぜか前側だけがすり切れている」。この言葉がヒントとなって、フリードマンは循環器病と性格の間に関係があることを実証した。慢性的に時間と仕事に切迫感をもち、過度の競争心と敵対心をもっている人を「タイプA」とし、その逆を「タイプB」とした。予想通り、「タイプA」に虚血性心疾患が多かった[*9]。現役で研究をしているときにテストしたところ、私はタイプAに非常に近かったが、引退した今は完全にタイプBである。高齢者になったら、競争などしないで、のんびりと暮らしましょう。
世界の政治家、それも独裁者には当然タイプAが多い。たとえば、T、N、P、X、Kである。彼らが心臓病にならないのは、病気が逃げ出すくらい攻撃的なためだろう。ここでクイズ、T、N、P、X、Kに当てはまる人は誰でしょう。
がんで死なないために
私は、がんを専門として40年も研究してきたが、がんは世間で思われているほどひどい病気ではないと最近になって思うようになった。がんに罹る人、がんで亡くなる人が他の病気よりも多いのは事実であるが、がんの60%は治る病気である[*10]。そして、大部分のがんは年単位の経過をたどり、その間、家族とともに生活をし、海外旅行までする人がいる。ただ、不治のがんの場合、最後は月の単位で悪化し、不幸な転帰に至る。図2-3Bは、そのことを分かりやすく図解している。
私の家族と親類のがんについては、症例として前著に詳しく紹介した。それは、私自身の直腸がん(早期発見だったので完治した)、私の弟のすい臓がん(超音波検査によりすい管拡張があったので、すい臓がんを疑い切除し完治した)、妹の大腸がん(直径10㎝の肝転移をもちながら、化学療法により寛解し、4年間生活を楽しんだのちに亡くなった)、縁戚の気象学者の口腔内がん(あと数カ月と言われたのに、本庶佑が開発したオプジーボにより完治した)である。
それでも、がんの治療が難しいのは、がん細胞自身が身内の細胞であることだ。細胞社会の反乱軍を手術で取り除ければよいのだが、薬でやっつけようとすると、正常な細胞にまで攻撃が及ぶことになる。そのため、つらい副作用で苦しめられることになる。
副作用の苦しみ聞いて呉れるけど仕方ないねと医者の目は言う 岡田独甫[*11]
片方の乳房のゆれを感じつつせみの声聞き早朝散歩 佐藤敬子[*12]
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ 中城ふみ子[*13]
がん患者は、身内でもあるがん細胞に声をかけたくなる。
おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒 江國滋[*14]
身の内の悪細胞にもの申す いつまで御一緒をするのでしようか 齋藤史[*15]
がんの奴やはりお主は馬鹿だなあ俺を殺せばお前も死ぬぞ 東谷直司[*16]

【脚注】
*1 沼沢修、朝日歌壇、2019年8月18日
*2 厚生労働省「平均寿命と健康寿命 生活習慣病などの情報(e-ヘルスネット)」
*3 日本生活習慣病予防協会「最新の患者調査(厚生労働省)より、国民の健康状態について分析」
*4 厚生労働省「令和5年(2023)患者調査の概況 図4 年齢階級別にみた入院(重症度等)の状況別推計入院患者数の構成割合」
*5 総務省「人口推計 年齢(5歳階級)、男女別人口及び割合(各年10月1日現在)(2023年調査)」※左記リンクをクリックするとExcelデータがダウンロードされます
*6 厚生労働省「平成22年簡易生命表の概況 参考資料3 死因別死亡確率と特定死因を除去した場合の平均余命の延びの推移」
*7 Murray, S. A., et al. (2005). Illness trajectories and palliative care. BMJ, 330(7498), 1007-1011.
*8 野々木宏「心筋梗塞は発症直後が重要:救急医療の現状 社団法人日本循環器学会『第2回 日本循環器学会プレスセミナー』」
*9 Friedman, M., & Rosenman, R. H. (1974). Type A Behavior and Your Heart. Knopf.
*10 国立がん研究センター「最新がん統計」
*11 岡田独甫、朝日歌壇、2018年4月22日
*12 佐藤敬子、朝日歌壇、2012年10月1日
*13 中城ふみ子『歌集 乳房喪失』短歌新聞社文庫、1992年
*14 江國滋『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』新潮文庫、2000年
*15 斎藤史『風翩翻以後』短歌新聞社、2003年
*16 東谷直司、朝日歌壇、2018年4月2日
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高齢者よ、君たちはどう生きるか

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