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高齢者よ、君たちはどう生きるか

2026.09.21 公開 ポスト

「高齢者よ、君たちはどう生きるか」89歳の医学者が贈る、"超高齢社会"を生きる知恵黒木登志夫(東京大学名誉教授)

老後には、「知らなかった」では済まされない問題が次々とやってきます。健康、お金、介護、認知症、孤独、死などなど、不安の尽きないこの世界を、どう生きればいいのでしょうか。

そんな超高齢社会の生き抜き方について、89歳の高齢者であり医学者でもある黒木登志夫さんが、ご自身の経験と医学的な知見、ユーモアを交えてまとめ上げたのが、『高齢者よ、君たちはどう生きるか』(2026年9月30日(水)発売・幻冬舎新書)です。今回は本書の「はじめに」から、書名に込めた思いと執筆の背景をご紹介します。

*   *   *

89歳の医学者が、高齢者に伝えたいこと

吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を読んだのは、戦後間もなく、多分中学に入った頃ではないかと思う。余りにも昔のことなので、どのような内容であったのか、ほとんど覚えていなかったが、主人公の「コペル」君という名前は、今回読み直してぐに思い出した。

地動説を唱えたコペルニクスにちなんで、コペル君というあだ名の中学生は、学校生活、友達との関係を通して、人間としてどう生きるべきかを考えるようになる。自分が社会の一員であり一人では生きていけないこと、オーストラリアの粉ミルクが日本に届くまでにたくさんの人が協力していること、人間としての尊厳が内面的な誠実さにあることなどを知り、社会の成り立ちについて理解を深めた(何よりもトランプ大統領にも読んでほしい一冊だ)。

読み直して気がついたのだが、コペル君は1926年(昭和元年)の生まれ、今年(2025年)で99歳、白寿になる。私より10歳上である。コペル君の世代の人たちは、『きけ わだつみのこえ』に代表されるように、学徒動員で戦場に送られた人が多かった。本が今でも売れているのを見ると、彼は戦場から無事に帰国し、どこかで静かに暮らしているように思えてくる。2026年には、健康で百寿を迎えるであろう。

中学生の頃のコペル君のように、高齢者も超高齢社会を生きていくための知識と知恵を身につけて、健康で無事に生きてほしいという意味で、『高齢者よ、君たちはどう生きるか』というタイトルでこの本を書いた。何しろ、日本の高齢化率は世界一。65歳以上の人が29.3%(2024年)[*1]もいるのだ。人口の3割の人たちがどう生きるかは、高齢者だけではなく、日本全体のあり方にとっても重要なテーマである。

高齢者はすでに人生経験を通して、社会の仕組みと生きる楽しさ、難しさを学んでいるはずであるが、待ち構えている高齢者の生活は、期待よりも不安が大きいであろう。いつまで健康でいられるか分からない。介護の問題もある。物価の上昇が続くのに年金は少なく家計は苦しくなる一方だ。独立して生活している子どもたちは大丈夫だろうか。孫たちが大きくなった頃、温暖化でひどいことになっているのではなかろうか。日本の将来はこれからも右肩下がりが続くのだろうか。などなど心配の種は尽きない。それなのに、政府は長期的な問題に真剣に向かい合っているとは思えない。どうしたらよいのだろうか。

本書では、WHOの定義にしたがい、65歳以上を「高齢者」と呼ぶことにする。2008年に75歳以上の高齢者に特定した健康保険を制定するときに、75歳以上を「後期高齢者」と呼ぶことになった。最初は抵抗があったが、今では後期高齢者も後期であることを自覚し、多くの人が堂々と名乗っている。高齢であることを自覚するのは、高齢者の生活の基本である。後期高齢者という命名はその意味で成功したといってもよいだろう。

後期高齢者が75歳以上すべてを含むのでは、幅が広すぎる。自分の経験からも、85~90歳頃に変曲点があるのは確かだ。そこで、本書では85歳以上を区別することにした。WHOとアメリカ国立老化研究所が合同で出した本では、85歳以上を「Oldest-Old」と呼んでいる。「Oldest-Old」はなかなかいい名称であるので、敬意を表して「長老高齢者」と呼ぶことにした。これなら、「ご長老」の方々にも受け入れられるであろう。

老いの"当事者"で"医学者"だからこそ、語れることがある

私がこのような本を書く資格があると思うのは、自分自身がれっきとした「ご長老」であること以外にもいくつかの理由がある。一つは、妻が認知症と骨折により介護施設に入り、そしてこの本の第1稿を書き終わったところで亡くなった。私は認知症を身近で学び、介護を経験し、介護施設選びでも苦労した。そして、妻を失った。すでに1年以上一人暮らしであるので、高齢者が対面するであろうさまざまな問題について自ら経験している。

さらにもう一つ加えれば、私が一応医学部を出ていることだ。「一応」と書いたのは、医学部卒業とはいうものの、臨床経験はわずかインターンの1年のみである。そのため「経験なき医師団(Médecins sans expérience, MSE)」の一員と自称している。しかし、自分の病気、それも56歳のときに直腸がんと62歳のときに狭心症を早期発見し、命を長らえているので、それだけでも医学部を出た価値があると思っている程度の「自己中」医師である。医師としての知識と技術に問題があるが、医学的なセンスだけは悪くないとうぬぼれている。

長年医学の世界に身を置いてきたので、基礎医学だけでなく、臨床にも友人、知人が多い。その広い人脈を生かして、2024年に『死ぬということ』(中公新書)を出版した。死に関しては、哲学あるいは宗教の見地からの本が多いが、この本は医学者が書いたおそらくはじめての医学的生死論である。本書は、その実践編という立場から書かれている。ぜひ、前著『死ぬということ』もあわせて読んで頂きたいし、それだけの価値のある本だと思っている。内容的に前著との重複を避けるため、前著の紹介のみに留めたところがあるのをお許し頂きたい。

本書をかなり理屈っぽいと思われる読者がいるかもしれない。何しろ、前著『死ぬということ』は、毎日新聞の書評で、養老孟司から「論旨が理屈っぽい[*2]」と言われたくらいである。しかし、これまで60年以上科学者として生活したこともあり、何よりも証拠と数字と論理を大事にする習慣が身についてしまっているためだ。本書に書いてあることは、すべてエビデンスで裏付けされており、ファクト・チェックがすんでいる。そのために、証拠となった資料を巻末に加えた。本書はエビデンスに基づいた高齢者の生き方の本といってもよいだろう。

死もテーマにしている本なので、空気を和らげるため、イラストレーターの永沢まことの絵を各章の扉に使った。永沢君は開成中学高校の新聞部のときからの友人なので、70年以上の付き合いになる。イラストレーターと研究者という職業の違いを超えて、もっとも気の合う友人の一人であった。誕生日が一日違いだったので合同で誕生会を開き、友人たちからお祝いをせしめていた相棒がいなくなってしまった。86歳の誕生会の直前だった。

老化とか死のように、人生の機微に触れる問題をエビデンスだけで書いたら、息が詰まるであろう。そのため、前著では短歌、俳句、映画、文学作品などを多く引用し、理屈と感情のバランスをとった。本書でも同じように、短歌を中心としたたくさんの詩歌を引用した(110首)。前著と違い、今回はその多くを朝日歌壇から引用した(54.5%)。生活感のある正直な感情を詠んだ一般読者の作品により、高齢者の生活問題を具体的に表現することができたのではないかと思う。

「ご老体」は、世を糺すのじゃ

執筆中に、我が国の介護と医療には、制度的に大きな問題があるのに気がついた。介護の問題は、国が介護保険と医療保険を機械的に分けたことにあるが、一番問題なのは、特養と並ぶ代表的な介護施設である「老健(介護老人保健施設)」は医師が常在しているにもかかわらず、医療保険が使えず、全額(10割)自己負担であることだ。医療保険はきちんととられているにもかかわらず、である。国民皆保険を唱えている日本に、このような真空地帯が存在することは、世にほとんど知られていない。第6章では、「老健」の再編成の私案を提案した。

おそらく国民の関心事は、高齢者の医療費にあるのではなかろうか。何しろ、75歳以上の後期高齢者と85歳以上の長老高齢者は、国民医療費の約40%を使っているのだ。そのために『PLAN75[*3]』のようなナチまがいの政策を扱った映画まで作られた。高齢者である私は、医療費を削減し、若い世代の負担を軽くすることが何よりも大事と考え、医療費について調べた。医療費の節減は、高齢者自身の健康、そして日本全体の健全な未来にもつながるからである。なぜ節減策が進まないのか。日本医師会そのものが、医療費問題の最大の抵抗勢力であることが分かった。この問題を指摘した章は、本書のなかでも最長の章となったが、高齢者の生き方とは直接関係ないため、補完する形で、本書の最後に置いた。

この歳になると怖いものは何もない。おもねることなく、思いきり正論を唱え、社会の関心を集め、是正の引き金となれば幸いである。水戸黄門以来、「ご老体」は世をただすのじゃ。

高齢者諸君、僕たちはどう生きるかを一緒に考えよう。

素数寿の歳に
黒木登志夫
(素数寿は、79歳、83歳、89歳、97歳、101歳を言う新語)

追記:もし本書を読んで割り切れない思いをした人がいたら、(1とその数でしか)割り切れない素数に免じてお許しください。

2025年8月

【脚注】
*1 内閣府「令和7年版高齢社会白書(全体版) 1 高齢化の現状と将来像
*2 「今週の本棚 養老孟司・評『死ぬということ 医学的に、実務的に、文学的に』『残された時間 脳外科医マーシュ…』」毎日新聞、2024年10月5日朝刊
*3 『PLAN75』(監督:早川千絵、日本・フランス・フィリピン・カタール合作、2022年)

*   *   *

病気やお金、介護、死への不安を減らし、人生の後半戦をイキイキと楽しむ秘訣を知りたい方は、幻冬舎新書『高齢者よ、君たちはどう生きるか』をお読みください。

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高齢者よ、君たちはどう生きるか

老後には、「知らなかった」では済まされない問題が次々とやってくる。いつまで健康でいられるのか。お金は足りるのか。介護が必要になったらどうするか。そして、どこで最期を迎えるのか。こうした不安の尽きない世界でどう生きるかを、89歳の高齢者であり医学者でもある著者が、自身の経験や短歌、ユーモアも交えて解説する。「せっかちで負けず嫌いな人は、心臓病になりやすい」「見守り装置を活用して、孤独死を防ぐ」など、死ぬその日まで病気をせず、人生を楽しみ切るための知識と知恵を凝縮した、〝老いの教科書〟決定版。

●血圧を薬でコントロールすれば、心臓病は予防できる
●寝起きに転んで骨折する人が多い。床は片付けておこう
●インチキ医療を見破る9つのポイント
●「迷惑電話防止装置」で、オレオレ詐欺を防ぐ
●住まいの片付けは子どもと喧嘩しながら
 最後は子どもにしたがう
●介護をする家族も大変だから、施設入所も受け入れよう
●「コロリ」と死ぬのではなく、
 別れと身辺整理の余裕がある「ピンピンごろり」がよい

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黒木登志夫 東京大学名誉教授

1936年、東京生まれ。東北大学医学部卒業。専門はがん細胞、発がんのメカニズム。1961年から2001年にかけて、3カ国5つの研究所でがんの基礎研究を行う(東北大学加齢医学研究所、東京大学医科学研究所、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。英語で執筆した専門論文は300編以上。その後、日本癌学会会長、岐阜大学学長、日本学術振興会学術システム研究センター副所長を経て、日本学術振興会学術システム研究センター顧問。2011年、生命科学全般に対する多大な貢献によって瑞宝重光章を受章。『がん遺伝子の発見』『健康・老化・寿命』『知的文章とプレゼンテーション』『研究不正』『死ぬということ』(いずれも中公新書)ほか著書多数。2025年8月28日逝去。没後、正四位叙位。

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