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礼はいらないよ

2026.09.05 公開 ポスト

セルフ透析でライブツアーもできるようになった49歳ラッパー「まだまだ生きる!」ダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

腎不全が進行し、2025年9月から透析導入

僕は去年の9月から人工透析治療を受けている。透析を始めるのには強い抵抗があり、腎不全が進行して毎日気持ち悪さと吐き気に襲われるようになっても我慢していた。

朝は身体が鉛のように重く、起き上がる時も手で脚を持ち上げて下ろさないと動けない。とにかく気持ち悪く、起き上がって身体を動かすことでようやく落ち着くが、それでも吐いてしまう。

そんな日々が繰り返されるうちにこれを一生耐えるのは無理だと白旗をあげることになった。腎臓は一旦悪くなると良くはならない。機能は元に戻らないのだ。それでも透析を始めるのは嫌で逃げていた。

 

なぜあれほど透析から逃げていたのか? 僕が当時透析に対して持っていたイメージは人生の終点に近かった。透析患者の10年間の生存率は50%を下回る。しかも週3回、一回4時間の治療を受け続けなければいけない。それではろくに音楽活動も出来ないのではないか?

ここ5年ほどは自身のバンド活動の幅が広がり、海外でのライブの機会も増えていた。だがそんなツアー生活も諦めなければいけない。それでは人生を生きてると言えないのではないか? 透析を始めるくらいなら多少のしんどさに耐えて頑張った方が良いのではないか? 

でも僕は耐えられなかった。もう身体がいうことを聞かない。腎臓は血液を洗浄して体内の老廃物を濾過し、水分と一緒に排出する臓器だ。ここが機能不全に陥ると血液に老廃物が溜まり、尿毒症やさまざまな合併症を引き起こす。さらに悪化すれば致命的だ。採血の数値はひどくなる一方。

当時担当してくれた腎臓内科の医師はクオリティー・オブ・ライフを重視する人で、僕が音楽活動をしていることも把握した上で望まない治療は勧めなかった。根気強く僕の我慢を見守ってくれていたからこそ、僕は白旗を上げる決断が出来たとも言える。

2025年の8月に僕は降参し、9月から透析導入をお願いすることにした。

透析導入に当たって受け入れ先のクリニックを決めなければいけない。一般的には通院の便を考えて自宅付近の透析クリニックを選ぶ人が多い。調べてみると都内だけでも400以上だ。多くの透析クリニックでは朝9時〜13時までの治療を行なっている。

透析を受けるサイクルは月水金か火木土(日曜は全国的に休み)で中2日以上開けないスケジュールを一生涯続けることになる。つまり月水金から火木土の午前中が透析に充てられることになるのだ。この時点で1週間のライブツアーなどは困難になる。

そもそも透析患者は透析を受けた後も疲れたり、気持ち悪くなったりすることが多いと聞く。そうなると週3日は何も出来ない。ライブどころではない。

僕はそもそもフリーランスなので定時の仕事はないが、代わりに急にラジオ出演が入ったり、打ち合わせだったり、レコーディングや撮影といった予定が決まることがある。金曜日の昼12時にはプチ鹿島さんとのレギュラーYouTube配信「ヒルカラナンデス」もある。

午前中が決まって埋まってしまうと仕事の幅もかなり制限されるだろう。午前中以外の選択肢はあるのか? とさらに探してみると夕方、夜間の透析を行なっているクリニックが都内で26ヶ所あった。自宅付近には3ヶ所あったのでまずは見学を申し込んでみた。

夕方〜夜間の透析患者を受け入れているクリニックでは開始時間の幅が16時以降だったりと余裕はあるが、夕方〜夜間で登録するなら午前中は出来なくなる。僕は午後にもライブやラジオ、テレビ出演の仕事が入ることも多い。おいおい、そんな我儘を言うな! お前は透析患者なんだ! 黙って寝てろ! という怖い声のツッコミが聞こえてくるが、それこそが僕の人生なのだ。もちろん諦めなければいけないことが多いのはわかっている。それでも僕は考えた。この困難は病状によるものではない。あくまで医療機関の制度、スケジュールのシステムの話だ。なんとかならないものなのか?

そんな折に友人の社会学者の塚越健司くんが連絡をくれた。彼が面白い透析クリニックを知っていると言う。セルフ透析と言うスタイルを推奨していて透析を受ける時間などもセルフ、つまり自分で決められると言うのだ。

すぐに見学に行ってみて驚いた。そのクリニックの透析フロアではジャズが流れ、ゆったりとしたスペースにリクライニングソファがお互いに向き合わないように配置されている。他の透析クリニックでは静寂の空間の中にベッドがずらりと並んでいたが、ここは雰囲気がまるで違う。患者は自分で透析の準備をして、なんなら自分で腕に針も刺して回路を繋ぎ透析を受けた後に自分で片付ける。

全部自分でやるので、透析を受ける時間もアプリで自分で決められる。もちろん看護士は常駐していてトラブルが無いように見てくれている。びっくりした。このクリニックの名前は「田端駅前クリニック」。日本でほぼ唯一セルフ透析を行なっている。

僕は今、ここに通っている。2ヶ月ほどのセルフ透析トレーニングを受けて今では自分で腕に針を刺し、準備から片付けまでやっている。自分でスケジュールを組んでいるので仕事への支障は少ない。自分で自分を治療している感覚になっているからなのか、透析後の体調も万全で透析後にライブすることも多い。

旅行透析という訪問先で透析を受ける制度を使ってライブツアーも国内では出来るようになった。透析が人生の放棄だと思っていたが、むしろ新たなチャレンジとして捉え、なんなら新しい試みにワクワクもしている。透析が始まってからもちゃんと生きているのだ。

そんな僕のセルフ透析への挑戦を『セルフ透析はじめました』(KADOKAWA)という本で紹介している。併せて読んでいただければ幸い! まだまだ生きます!

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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