長井短、32歳にして「革命」が起こりましたっ!
数多のキャラクターに恋をしてきた私ですが、この度遂に、踏み入れたことのない恋に身を墜としてしまいました。夏だもん……というわけではなく、この恋は梅雨の、どこで何をしていてもほんの少しうなじが濡れた世界で起きたもの。
次元や種族の差はあれど、これまで熱を上げた存在の全ては「その世界の中で命ある存在」であるという共通点で繋がっていた。しかも「感情を伴う命」。流石の私も「チェンソーマンのオープニングでデンジくんが磨いているボーリングの球」に恋をした経験はない。あの球はすごい快いけど、あくまでボーリングの球だ。ボーリングの球をわざわざ擬人化して愛でようとは思わない。
ところが! 起きてしまった革命。長井短32歳、この度「曲」に恋をするフェーズに入りました。
ヨッ! 怖いネ!! 想像力に限界なしッ!
おそらくほとんどの人が意味に到達していないと思うので、順を追って説明しよう。
さて、その曲とは……
問題の楽曲はKIRINJIの「悪玉」である。出会いは6月下旬。KIRINJIの曲は「エイリアン」と「スウィートソウル」が好きだった。地方公演の移動中に「そういえば他の曲あまり聞いたことないな」と気づいてしまったのが運の尽き。とりあえずアルバム「3」を通しで聴こうと思い再生を始めて「悪玉」がかかったのは新幹線が何県を疾走している時だっただろう。
トンネルを出たり入ったりするたび、僅かに聞こえにくくなる。やっぱりヘッドホンでくればよかったなと思いながら目を閉じて耳を傾けていた私が「ん?」と思ったのは、耳の穴の結構中まで埋まったイヤホンから「破壊の紙芝居~」ってフレーズが聞こえた時だった。
「破壊の紙芝居って……何?」
無茶苦茶面白い歌詞に興奮した私は目を開いてスマホを構える。歌詞を確認した瞬間、涼しい車内で自分が結露していくのがわかった。
「”破壊の神シヴァよ、血の雨を降らせ給うれ!“」
全然破壊の紙芝居じゃなかった、どころか……え、なに? 破壊の神シヴァの話してたの? 大慌てで曲を巻き戻してみる。歌詞を見つめながらじっくり聴くと、なんとなくどんな曲なのかわかってきて、情報が増えるにつれ、私の脳みそは沸騰を始めた。小さな脳みその温度が上がり、それを守る頭蓋骨にゆっくり温度が伝わる。熱は頭皮にも届いて、皮一枚で繋がる顔や耳も温まった時「あ、やばい」と思った。なんか変なこと起きてるだろこれ。
どんな楽曲なのかを丁寧に説明するつもりはないので悪しからず。それは既にたくさんの音楽ライターがやっていると思うし、この曲がいかに美しくて素晴らしい曲かは今、あなたが再生すればわかることだ。私は私の身に起きたことだけを書きます、ついて来れるか? 俺の速度に。
私は誰(何)に恋をしているのか?
曲が終わるたびに、私の親指は驚くべき速さで巻き戻しをタップしていた。その指を見る俯瞰視点の私の視界は、既視感を感じて記憶とコネクト。この指は、片思いしている人からのメールを開くときの指だ。SNSを更新していないか覗いてしまうときの指だ。予測変換をわざと使わず、一字ずつ丁寧にあなたの名前を入力していく私の親指、と、同じ愛しさで画面を触る自分に動揺して、一度再生を止めたいのに身体が言うことを聞かない。
「”破壊の神シヴァよ、血の雨を降らせ給うれ!“」と囁かれるたびに、告白したい衝動に駆られた。
……いや誰に?
順当にいけば、KIRINJIにである。私も最初はそう思った。あぁ私は、KIRINJIに恋をしてしまったんだなって。
だけど、よくよく考えると辻褄が合わない。KIRINJIに恋をしているのなら、すべての曲を聴きたいはずだし、ライブの映像だって見たいし、とにかくもっと、たくさんのKIRINJIにアクセスしたくなるはずなのだ。
でも私の行動はそうじゃなかった。多分この一ヶ月で500回くらい悪玉を聞いている。一ヶ月だけで見れば世界一悪玉を聞いてる可能性も出てきた。無限リピートの中気付いたのは「『悪玉』の中で『”破壊の神シヴァよ、血の雨を降らせ給うれ!“』って言ってる人間に恋をしている」可能性。じゃあそれって誰だよ。てかこの曲って誰だよ。え、マジで誰? 誰とかじゃない。これは曲だ。頭でわかっていても、臓器がそれに従うかは別の話。いつだって、臓器は主の言うことを聞かないのだ。
結果「ここが理解だよ」って落とし込まれた結論は「私は『悪玉』を擬人化して、そいつに完膚なきまでに恋をしている」なんだこれ、自分で書いといてアレすけど。
あぁ、これが「浮気」なのか。
擬人化と言っても「悪玉」の姿がくっきり人間になっているわけではない。
ただぼんやり、世界のどこかに存在するかもしれない「この歌自身」を夢想して、私は恋をしている。「マイクよこせ、早く!」って言われても、マイクを離さない私でいられたら楽しいかなとか。「未だかつてない悪意」ってどんなものだろうとか。そして、私に血の雨が降ってきたら、少し嬉しいかもしれないとか。逆にシヴァになりたい気分の時もある。
とにかく一日中この曲を聴いて、この曲と私の間にある途方もない余白に、全てを書き込んでしまうのだ。人間に恋する時と同じように。ふとした時に口からこぼれる「破壊の神シ~ヴァ~よ~」ってフレーズに焦って頬を染める自分が怖くて仕方ない。私って、一人でどこまでいけちゃうのでしょう。左の黒目だけが虚に外へ逃げていくのを感じる。恋をすると、昔治療したはずの外斜視が蘇ってしまうのです。
抱えきれなくなってこのことを夫に言うと「浮気だよ」と叱られた。あぁこれって、やっぱり浮気なんだ。
夫も大概脳が溶けている。一番会わせちゃいけない相手だけど、カラオケで悪玉を2回歌って聞かせた。「これが寝取られかぁ」って弛緩して、ポロポロ歯が抜けてしまいそうだったけど、彼には内緒にした。
キリ番踏んだら私のターン

相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!
※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。
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