今週のオークスで日本競馬史上初、女性ジョッキーがGIを制して話題になっていた。
騎手にも注目が集まったが、乗っていた馬が「ジュウリョクピエロ」といい、某小説のタイトルからとったと思しき名前だったため、再度小説にも注目が集まり売り上げが上がったという話も聞いた。

つまり、誰か競走馬に私の著作名をつけてくれないだろうか、いっそ私の名前をつけてくれてもいい。
つけられたとしても勝てないなら意味がない、むしろ負けたらイメージダウンと思うかもしれないが、かつて負け続けることで人気を博した馬もいた。
人なら3敗したぐらいで「もうやめろ」と言われるが、馬は勝っても負けても応援される、人間などという愛嬌のない生物に生まれてきた時点で我々の人生はハードモードなのである。
このレースで、騎手にも馬にもファンが急増したと思われるが、当然全くの無名だった時代から応援していた人もいるだろう。
どれだけ有名なものにも「無名の時代」はある、馬の場合「血統」が非常に重要なため、デビュー前どころか親父のキンタマにいる段階から注目されている場合も多いが、それが親と同じ結果を出せるとは限らない。
そういえば私は「有名になる前から知っていた」という経験がない。
何ごともある程度流行った後で知るし、YouTubeも再生数が多いものだけクリックする、ハイエナの中でも仲間が毒見してからでしか食わない、スカベンジャーオブスカベンジャーの動きをするので、これから光りそうなものを自力で発掘したことがないのだ。
漫画家にも当然無名の時代はある、かつて私をデビューさせた編集長が「漫画業界だけにはヤクザと七光りがいない」と言っていた。
これだと他の業界にはもれなく反社と世襲が存在するみたいだし、漫画界にいないとも言い切れないのだが、それらのパワーが通りにくい世界なのはわかる。
そもそも七光りというのも、親の潤沢な経済力で様々なスキルを取得できるという意味では有用だが、世に出る段階では二世というだけで厳しい目で見られるので、隠して活動している者も少なくない。
漫画家にも有名漫画家の子どもが漫画家をやっている場合があるが、デビュー時に公開している者は少なく、ある程度有名になってから「実は」というパターンが多い。私も例え手塚治虫の第四子だったとしても、年々口が裂けても公表できない状況に陥っているのでそれが正しいと思う。
だが、そんな私にも古くから応援してくれている読者が存在する。
去年久しぶりにサイン会を開いた、コロナによりリアルイベントは5年ぶりぐらいだったため、顔ぶれが全く変わっているのではないか、そもそも人は来るのかと思ったが、デビュー作から応援してくれている人がかなり多かった。
しかし、漫画家の場合、デビューから応援してくれている読者を越えて「デビュー前から応援していた」という読者が現れることがある。
これは、作家によっては「二次創作で18禁やBLを描いてた時から知っている」という意味にもなる。
汚点とは思っていなくとも、単純に恥ずかしさから、口では「長いこと応援してくれてありがとうございます」と言っても、内心かなり動揺しており、反射的に刺す恐れもあるので、古参アピールはデビュー作までにしておくのが双方にとって安全なのかもしれない。
もちろん私も二次創作で活動していた側なので、たまに「ロシア猫さんの時から応援しています」と言ってくれる人が現れる。
「ロシア猫」とは、私が個人ホームページという名の古代遺跡で作品を発表していた時代のハンドルネームである。
作風に関しては現在と大差ないし、むしろ20年前と差が見つからないのが最大の恥になりつつあるのでデビュー前の話をされてもそこまで恥ずかしくない。
だが旧ハンドルネーム名を聞くたびに「何でそのままの名前でデビューしなかったんだろう」という気持ちにはなる。
「カレー沢薫」と名乗る大人がいる時点で、相手は若干気まずくなっていると思うが、そこから「カレーが好きなんですか?」「いやそれほどでも」という会話でさらに気まずくなったことが10回以上はある。
「ロシア猫」であれば「猫が好きなんですか?」という質問に「逆に嫌いだと思いましたか?」と即ムカつく返答ができていろいろスムーズだったような気がする。
しかし、有名作家を旧ペンネームから知っているというのは自慢になるが、現ペンネームが知られていない私の旧ハンドルネームを知っているというのは、出世しない魚の幼名ぐらい使いどころがない。
私の古くからの読者は「売れる前から知っていた」を言うことができないまま15年ぐらい経ってしまっており、サイン会にも全員何らかの罪を犯しているかのような顔で参加していた。
彼ら彼女らの顔を曇らせている張本人として不徳の致すところだが、私の読者に笑顔は似合わないので、そのままでいてほしい気もする。
カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

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