「暗い部屋にいた。壁は分厚く外にはそもそも光がないかのように思えた。上下と左右に振動することは止まないが、幸いなことに身体を傷つける可能性のある鋭角状のものは周りになさそうで、柔らかいシルク的な何やらに包まれながら、その振動の振れ幅と身体を共にしている。いくつかの段差を感じたあと静寂が訪れた。そのままの姿勢でいくつかの静止の経過を数えた。星も瞬きをしない静かな夜だった。自分の心臓の音だけが暗闇に浮かび上がり、しばらく見ていると黒い中にぼんやりとだがその輪郭を確認することができた。永い冬休みでつくため息は甘い味がした。土に混じる霜の断面に朝焼けが反射している。静寂の中でわたしの記憶たちがうごめくと、指先はかじかんでみせた。目を開けても閉じてもおおよそ黒色で、記憶だけが彩りを放ち、黒目は今その役割をちょうど忘れた頃だ。わたしの頭上が一気に割れて稲妻のような縦の光が視界を二つにした。発光に視界を奪われた後、じんわりと視力を取り戻していくと浮かび上がったのは男の姿で、垂れ下がる髪は長く、寝ているのか起きているのか、目は一様開いてはいるが、かろうじで何かを写してはいても、何かを見ていることはないだろうという力の具合が想像できた。男は深い呼吸をしたように思った。箱の中に夜露のように吐いていた甘い香りの束が一気に頭上に吸い上げられ、動いたのを感じたからだ。男の右腕が伸びて、わたしの身体を掴み、外の世界に弾き出される。蛇口を捻ると頭上からこの冬の冷たさを全て集めたような氷柱が脳天を貫き、身体はぼやかしていた余白を捨て、締れるだけ引き締まった。そうか、わたしは今からこの男に食べられるのか。覚悟を決めた、と思ってみたが、そう思いたった時にすでに覚悟は胸元にあった。思い返せばあの天井が割れたあの瞬間、運命がわたしに耳打ちするのを聞き逃さなかったのだと思う。」
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*マヒトゥ・ザ・ピーポー連載『眩しがりやが見た光』バックナンバー(2018年~2019年)












