
病気を抱えると遭遇する善意の申し出
僕は病気を公表している。2010年に脳梗塞になり、合併症で左目を失明した。今は腎不全で透析一歩前のところをうろうろしている。病気を公言している理由は色々あるが、病気を抱えた上でのコミュニケーションを築きたいという思いがある。そうしたコミュニケーション全般を”イル・コミュニケーション”と呼んでいる。
さて、こうしたイル・コミュニケーションの中にはこんな事例がある、いわゆる善意の人たちによる特効薬や特別な治療の申し出だ。
「ダースさん、目が悪いんですよね?よく効く目薬があるんです」
「ダースさん、腎臓にはこの漢方薬が良いんです」
大変ありがたい話なんです。病気を抱えている人はなんとか苦境を脱したいとも思っているし、藁にも縋りたい気持ちの人もいると思う。もし良くなるんだったらという希望は誰しもが抱いている。僕もそうなんですが、同時に僕はこうした心理構造がどう利用されるかにも注意している。善意の申し出をしている人自身の善意は本物だとして、そのよく効く目薬や漢方薬の正体はなんだろうと気になってしまうのです。イル・コミュニケーションはまだ続く。
「母がこの目薬を使ったらいきなり視界がクリアになったんです」
「でも、効きすぎるので一般薬局では処方されないみたいで…」
きましたね。ここからが本番だ。
「こういうよく効く薬とかを紹介している団体があって、化粧品とかも扱ってて。私もフェイスウォッシュとか使ってて。よかったらダースさんにも教えたくて!」
そうでしょう、そうでしょう。
「ダースさんならお知り合いも多いだろうし、きっと!」
おお、僕の知り合いにも繋がる話なのか!
「今度、その団体の集まりもあって。目薬も実際使ってみるのが良いと思うんです。よかったら一緒に行きませんか?」
こうしたお誘い、皆さんにはまず一言言っておく。断りましょう!でも、僕はどういう手口というと言葉が悪いんだが、手法で藁にも縋りたい人たちにものを売っているのだろうと知りたくなったので行くことにした(以下、思い出しながら書いている創作です)。

その善意の方と向かったのは都内のあるビル。入り口で受付をするとカウンセラーと称する人とインタビュー形式での話がまずあった。何やら横の機材に打ち込んでいる。話したあと体重計のようなものに乗せられた。横の機材からカタカタと紙が出てくる。それは病院などの検査表に似ているけど数値やら言葉は全く違うデータ表だった。
「この後の講義で色々紹介されるので、このデータを元に自分の治療に役立つものを見つけてくださいね」
奥の会議室に行くと30人ほどの人が5、6人のグループに分かれて座っているので僕も端に混じることにした。
司会の方が講演開始の挨拶をすると会場は拍手。最初からかなりテンションが高い。そのテンションのままゲスト講師が呼び込まれる。メガネとスーツでビシッと決めた女性で、肩書きに有名大学やら国際団体の名前がずらりと並んでいるが公的な職業に就いているわけではなさそうだ。
この団体はさまざまな商品を扱っていて、司会が質問しながらゲスト講師が商品の効能を語っていく。その中でいくつか注目すべきキーワードがあった。
「この薬、私も使ってて驚くんですが、本当に効いちゃうんです。でも薬として売ろうとすると厚労省が怒ってくるんです。効いたら困るんですかね?」
ここで会場から爆笑が起こる。
「だから薬とは言わない。皆さんもお知り合いに勧める時は薬と言わないでくださいね。でも驚くほど効いちゃうんですよ。すごく良いものなんです。だから上手く良さを伝えるのが大事です!」
この流れで化粧品や香水、目薬が紹介されていく。どれもが驚くほど効能があり、万病が治っていきそうな勢いだ。効きすぎるので厚労省やら日本医師会やらが使わせないようにしているという説明もパターンを変えながら出てくる。質疑応答の時間に入ると次々と手があがる。集まっている人たちはそれぞれにこうした商品を周りに販売しているようだが、上手くいかないことも多いという。
「前回の講義で紹介された化粧品を知人に勧めたら、あまり効果がないと言われてしまって…説明がまずかったんでしょうか?」という質問に対しては講師はズバリと答える。
「それ、旧モデルですね。今は新しいのが出てるのでそっちをお勧めしてください。効果に関しては個人差は当然あります。人によっては効果が出てくるまで時間がかかりますが、用法を守ってちゃんと使えば間違いなく効果が出ます。分量や頻度を間違って使ってると思うので正く使ってもらいましょう!」
旧モデルとしてサクッと切り捨てるのもすごいが、使い方次第という言い方だと効果は使ってる人の責任みたいに聞こえる。上手い言い方だ。
最後、司会の方が商品を多く販売した人たちの名前を読み上げる。呼ばれた人は前に出てお辞儀、会場からは拍手が起こる。ゲスト講師も相当数売って今のように講演に呼ばれる立場になったという。
「皆さんも良いものを世の中にたくさん広げて、その結果お金までもらえちゃうんです!素晴らしいですよね!」
ここでゲスト講師が退室し、代わりに団体スタッフの男性が登場。5、6人のチームごとに商品説明と販売のシミュレーションセッションが始まった。スタッフは各商品のセールスポイントを解説していく。それをチーム内で復唱しながらお互いに意見交換していく。スタッフは各テーブルを回りながらアドバイスをしていく。
僕は初参加だという理由で見ているだけだった。隣の女性も同じく初めてらしく緊張した様子でセッションを見守っている。スタッフは実に饒舌に商品説明をしていく。
「良いものを売っているんです。良いものだから自信を持つ。自信を持って堂々と勧めましょう!」
最後にテーブルごとにセッションの総括をしていく。司会の締めの言葉は「今の日本の医療は間違っています。皆さんで良いものを広めて日本を良くしましょう!」だ。会場からは万雷の拍手。
僕はこうした善意のお誘いに乗って2回ほどこうした講義に参加した。それぞれ別の会社だったが内容はかなり似ていたと思う。僕自身、自分の病状がきつい時はなにか楽になる方法でもないものかと考える。だが、そうした心の隙間にドーン!と撃ち込まれる言葉には注意が必要だ。
最近、この時の体験を思い出した。参議院選挙だ。参政党の神谷代表の語り口は、まさにこうした商品セールスのゲスト講師のそれと瓜二つだった。彼が売っているのは政策だ。オーガニックから歴史観、経済観から医療、食料、排外主義政策まで幅広い政策”パッケージ”。欧米の極右政党などの政策をそのまま引っ張ってきてる例もある。
それぞれの商品を売るための説明は巧みだが、その商品を支える論理や実証データなどには関心はない。過去の政策や発言について問われると旧モデルだからと簡単に切り捨てる。本当のことを言われると困るマスメディアなどから怒られると主張する。
彼が来年どんな新商品を売り出すかはわからないが、僕はあの日の会場で鳴り響いた万雷の拍手がまた頭をよぎったのだ。30年の不景気によって僕たちの心には大きな隙間が開いてしまっていて、ある種の言葉を使い人たちにとってはどうぞ!どうぞ!の格好の餌になっているのだろう。
礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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