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ジジイの細道

2025.10.27 公開 ポスト

大谷はホームラン、ジジイは老人ホームへ、そして俺は床に倒れた 歩く人々大竹まこと

大竹まことさんによるエッセイは、今回が11回目。もうすぐで、早くも約1年となります。今回は、しぶしぶ出かけた散歩途中での出来事について。長生きの秘訣は「歩くこと」にあり…?

*   *   *

 

何もない土曜日であった。
夕方の4時頃、あまり好きでない散歩に出る。

さすがに10月も半ばになれば、暑くはない。少し風が強い。
金木犀の香りが、風に乗って届く。どこに咲いているのか、まあ、香りの強い花だから、近くに咲いているのだろう。

 

途中、3人の大人に抜かれ、キャリーバックを杖がわりに持つ老婆を追いこした。
この時間、散歩で歩く人が多い。私も年だが、もっと年の人もみんな体に気を
遣っているのか、それとも、医者に進められたのかはわからないが、長生きの秘訣は歩く事にあるらしい。
みんな、長生きをしたいのか、人さまに迷惑をかけたくないのか、私にはわからない。

この日、何もないと書いたが、そうでもなかった。
午前中は大谷が投げて、3本のホームランを打った。

ベンチに居たフリーマンが頭を抱えた。
人は困惑したときにだけ頭を抱えるはずだが、驚きを超えたときにもそうするのがわかった。ブルペンでは野手や控えの投手が踊っていた。
後でわかったのだが、観客の中に女優のスカーレット・ヨハンソンもいたらしい。
彼女の映画は何本か観ている。
「真珠の耳飾りの少女」は印象的であった。

まだあった。MLBを観る前、いつものようにベッドから出てトイレに行こうとしたとき、天地が回って昏倒した。3度目である。
立ちくらみは、よく起こるのだが、それもわかっているから、ドアの横の壁にしがみつく。この日も壁をぎゅっと握ったつもりだったが、覚えているのはそこまでで、背中からもんどり打って床に倒れたらしい。気がつけば、あお向けのまま手足をバタバタと動かしていた。
ひっくり返えされた亀の気持ちだ。何とか起き上がろうとするのだが、やり方がわからない。

いつも通る路地に、失礼だが、今にもくずれそうなボロ家がある。木に囲まれているのだが、その木も草も荒れ放題になっている。
ガタッと音がして、ドアから中年の男が出てきた。ボロボロのジーパンとよれた長袖のTシャツ、まっ黒な髪が腰のあたりまで伸びている。黒ブチのメがネ。それにチビたサンダル、再々失礼だが、まるでボロ家が動いているようであった。
何か楽しいことがあったのか、それともこれからあるのか、大柄で小太りの男はニコニコと笑っていた。
それを見つけた若いカップルは、危険をさけるように、道の反対側に歩み変えた。男の人が女の人をサポートしているように見えた。
私は男に楽しいことがあってほしいと思った。

いつものタバコの吸える喫茶店はやっていて、81才になるバア様が笑顔で向かえてくれた。
「お久しぶり」
「ハイ、眼の手術でしばらく動けませんでした」
「ラジオで聞いてました、治ってよかったですね。コーヒーネ」

何げない挨拶に心があたたまる。
ここに集まって来る老人たちは元気ですかと訪ねたら、バア様の顔が曇った。96才になる常連が一人、有料老人ホームに入ってしまったらしい。
もう、ここには来れない。遠くで自転車を片手に、この店を眺めていたのが、いつまでも眺めていたのが、最後だったとバア様が何かをこらえて、話してくれた。

残った老人たちは、さびしそうであったが、話はすぐに時代劇の再放送に移った。東野英治郎、西村晃、代々の黄門様役の名が飛び出してくる。
再放送だから仕方がない。私もギリギリ話についていく。

カウンターの隅に座っていた若者が、スマホで東野英次郎の写真を検索してみんなに見せた。
若者といっても、もう30は過ぎているだろう。
老人たちは、その孤独そうな若者を向かえた。

「西村晃さんもみせてヨ」
「これですか」
「そうそう」

歴代の水戸黄門役の役者の顔が次々に現われる。
分厚い眼鏡の若者の目が輝く。
普段、あまり人と話したり、打ち解けたりしていないであろう。彼の心が癒されていく。

席の離れていない、老人だらけの喫茶店。見ず知らずだからこそ、人は心を開く。
若者はジョージアに行くために金を貯めていると言う。ジョージアにはすばらしい自然と緑の山々や草原があると言う。

「どこにあんの」
「えーとヨーロッパのはずれ、トルコの隣です」
「ヘェーすごいネェ」

ジイたちは、96才で有料老人ホームに入所した仲間を、何とかこの喫茶店に連れてこようとしているらしい。
今度は、その話に若者が乗ってきた。タバコを3本ばかり、コーヒーを1杯飲んで店を出た。
風は止んでいたが、まだ、夕方が残っていて外は明るかった。

制服の女子高生が重い足を引きずって店の前を通りすぎた。下を向いているので表情はわからない。
しかし、女子高生が、とてつもない不幸に見舞われているのは、すれ違っただけで伝わってきた。学校でなにかあったのか、それとも進路に悩みがあるのか、問題は家庭なのか、何もわからないが、生きる場所が、そこだけではないことを何とか伝えてあげたいと思うのだが、その方法はない。

途中で背中全体に痛みが走った午前中に倒れたのだが、その痛みが少し遅れてやってきたのだ。
直す方法はない。ただ耐えるだけである。

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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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