
ヴァージニア・ウルフも言っていた
先日38歳になった。堂々たるアラフォーになり、会社員としてはあれだ。「そろそろ管理職に…なれるかな?」というお年頃だ。
「管理職になるなんて、考えたこともないです」
「いやいや、私なんて無理ですよ」
「中間管理職っていわゆる無理ゲーでしょ?」
そんなカマトトぶる時期はとうに過ぎて、「私、管理職になりたいです」と明言するようにしている。「私なんて~」「いやいや~」というやりとり面倒くさいし。どうせポスト次第の話だしね。
兼業ライターなんて変化球キャラと見せかけつつ、会社員の王道をきっちり歩きたがっている私。周囲の管理職たちは格好の観察対象だ。「この人いいなぁ」と思うこともあれば、「他山の石」として粛々と心にメモをするような人もいる。
私はこれまで比較的、「管理職になりたて」という人に仕えることが多かった。つまり、バリバリのプレイヤーがある日突然マネージャーになって苦闘する姿を数多く見てきたということ。「優秀なプレイヤーが優秀なマネージャーになるわけではない」という定説も、幾度も実感してきた。そんな数多の経験と観察から、年々確信を深めている仮説がある。
ずばり、できるマネージャーは両性具有的である。
もちろん、組織の性質次第なところは多分にあると思う。少数精鋭のベンチャー企業や、ある程度“できあがった”人たちが集うプロフェッショナル集団なんかでは、事情は違うかもしれない。でも、私が勤務するようないわゆる「JTC(Japanese Traditional Company、日本的な巨大企業)」においては恐らく一つの真理だ、と私はひそかに思っている。
男性は女性っぽく、女性は男性っぽく。「男性(女性)らしさ」という表現がもはや禁句になりつつある世の中だが、あえて分かりやすく言ってしまうことを許してほしい。管理職になると、男性はどこか「オバサン」っぽくなり、女性はなんだか「オジサン」っぽくなる傾向がある。そしてそんなトランスフォームを遂げる人は結果的に、部下に慕われる「デキる管理職」になっていくのだ。
ここで言うオバサンっぽさとは、鋭い観察力・ケア精神・美的センスなどを指している。そしてオジサンっぽさとは、豪快さや“男気”と呼ばれるような懐の深さなど。
上に挙げたような性質は、性別の違いによるものではなく環境や個性によるものだとは思う。よりポリティカルコレクトネス的にするとつまり、デキる管理職は徐々に「性別を超えた多様性」を備え始める……とでも言ったらいいだろうか。
この自説を裏付ける参考資料として、我が愛する二人の作家を紹介したい。
ヴァージニア・ウルフと白洲正子。二人共、角度は違えど「両性具有的に生きる」をテーマに据えていたことで有名だ。
男色文化などの「性別を超えた性愛、そしてその上に築かれる美・芸術」について執筆した白洲正子(『両性具有の美』新潮文庫)。そして、性別や世紀を軽々と超えたSF的試みによって精神世界への旅を描いてみせた(『オーランドー』ちくま文庫)ヴァージニア・ウルフ。
ただ純粋に男であるとか、女であるのは致命的である。女性であって男らしいか。男性であって女らしくなければならない。――『自分ひとりの部屋』(ヴァージニア・ウルフ著、片山亜紀訳/平凡社)
「シェイクスピアに同じ才能をもった妹がいたら、きっと家庭に押し込められて小説を書く時間などなく、無名のまま失意のうちに死んでいったことだろう」
ケンブリッジ大学の女子学生を相手に、「女性と小説」というテーマで講演することになったヴァージニア・ウルフ。『自分ひとりの部屋』は、この講演内容をもとに執筆されたエッセイ。「もし、シェイクスピアに妹がいたら?」そんな架空の問いを切り口に、「女性がもの書きになるには、お金と一人になれる部屋がないといけない」と語られる。
現代よりももっと、女性性について社会の強い強制力があっただろう時代。ヴァージニア・ウルフが創作活動の試行錯誤の末にたどり着いたのが、「両性具有的精神こそ偉大である」という真理だった。
両性具有の精神は共鳴しやすく多孔質である。何に妨げられることもなく感情を伝達する。無理をしなくても想像的で、白熱していて未分類である。――『自分ひとりの部屋』(ヴァージニア・ウルフ著、片山亜紀訳/平凡社)
私なりに解釈すると、両性具有的とはつまり「成熟し、かつ柔軟な精神」ということなのだと思う。精神世界と度量の大きさを兼ね備え、風通しも良い。そんな豊かな人間性の持ち主こそ、偉大な作家になれるのだ。
そして私はこれを、管理職に求められる資質問題にも援用する。
「自分の書きたいこと」を目指して一人邁進する作家と、組織を束ねる黒子的な存在である管理職は、一見まったく違う職種に思える。しかし実は、「世界に対して一面的なものの見方をしてはいけない」というタブーを共有している。
管理職とは、多種多様な部下たちと課題たちに囲まれる存在。彼らの本質を探り、それぞれの良さを生かしながら、「組織のテーマ」という一本の背骨を通して全体を調和させる。それでいてただの調整役にとどまらず、一定の「我」を主張しなければならない。
作家も管理職も、最終的なアウトプットが独善的になることはありうるし、結果としてそれが正解になることもある。ただし、アプローチは多面的である方が望ましい。そしてそれを叶えるのが、「両性具有的精神」なのだ。さてどうでしょう、この仮説。
「管理職になってやっと半年経ったよ……。おれ、こんな感じで大丈夫なのかしら……」
残業中、疲れた顔をした上司が隣の席でそうつぶやいた。プレイヤー時代はキリっとした目つきに「僕は僕、よそはよそ」的な飄々とした振る舞いが印象的だったこの方。管理職になってから、その腹が立つほどさらっとした人間性に、繊細でフラジャイルなニュアンスが加わったような気がする。
心なしか目じりがゆるんだ不安そうな横顔に、「大丈夫じゃないかな。最近あなた、ちょっとオバサンっぽくなってるしね」と心の中でそっとエールを送ってみる。
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